《われらがイギリスの海岸(迷える羊)》
海を見下ろす崖の上で、羊の群れが日を浴びている。茨の茂みに首を突っこむ羊、草地に寝そべる羊、岩の上に立つ黒っぽい羊がいる。左には青緑の海が広がり、手前には野の花が咲いている。
概要
《われらがイギリスの海岸(迷える羊)》(英: Our English Coasts, 1852 (‘Strayed Sheep’))は、イギリスの画家ウィリアム・ホルマン・ハントが1852年に描いた油彩画である。縦43.2センチ、横58.4センチのキャンバスで、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵する。所蔵館は、ハントが描いた最も優れた、最もラファエル前派らしい風景画とする。
画面の読み解き
所蔵館によれば、描かれた場所は、サセックス州ヘイスティングズ近くのフェアライト・グレンにある名所「恋人たちの腰掛け」で、コーヴハースト湾を見下ろす崖の上にある。崖のふちで草を食む羊の群れは、群れが危険にさらされるという古くからの宗教的な主題を、当時のイギリスの指導力と安全への不安に重ねたものとされる。かつてラファエル前派兄弟団にいた批評家F・G・ステファンズは、のちに本作を、外国の侵攻に無防備だと報じられた国の状態への風刺とも取れると記した。当時は、フランスのナポレオン3世の専制に反応した新聞が侵攻への不安をあおっていた。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、本作はアトリエではなく屋外で描かれた最初期のラファエル前派の作品の一つで、ハントは1852年8月半ばから12月まで、雨と風と厳しい寒さに耐えて約5か月をかけた。自然の細部に細心の注意が払われているが、崖、羊、前景の一部はそれぞれ別の視点から描かれ、左手前の蝶は室内で生きた標本から写された。戸外制作は、青みを帯びた影など、色と光の新しい効果を明らかにした。光を伝える色は大胆に並べられ、あらゆる面の明晰さを強めている。
来歴
所蔵館によれば、はじめは、博物学者W・J・ブロデリップが買った《雇われ羊飼い》(1851〜52年、マンチェスター市立美術館)の背景の羊を写す複製として、ブロデリップのいとこチャールズ・T・モードから注文された。ハントは、新しい作品のほうが望ましいとモードを説き伏せたらしい。1946年、アート・ファンドから同館に寄贈された。所蔵番号はN05665。
意義
所蔵館によれば、ハントは1853年のロイヤル・アカデミーに「われらがイギリスの海岸」の題で出品した。もとの額には「失われた羊」の銘があり、1855年のパリ万国博覧会に送ったときに題を「迷える羊」と改めて、宗教的な象徴性を強めた。ただし当時の批評家の目を引いたのは、象徴よりも光の扱いで、パリではフランスの新しい画家たちを驚かせた。批評家ジョン・ラスキンは1883年、本作が美術の歴史で初めて、実際の日光を絵具で写し取る色と影の釣り合いを示したと書いている。