《聖エウラリア》
雪の積もった石畳の広場に、殉教した少女が頭をこちらに向けて仰向けに横たわる。広がった長い髪と裸の上半身にうっすらと雪がかかり、まわりには鳩が降りる。右の木の柱の脇にはローマ兵が立ち、奥では人々がひざまずいて嘆く。
概要
《聖エウラリア》(英: Saint Eulalia)は、イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが1885年に発表した油彩画である。縦188.6センチ、横117.5センチ。ローマ帝国の支配下にあったスペインのメリダで殉教した少女エウラリアの亡きがらと、そのあとに起きた奇跡を描く。テート・ブリテンが所蔵する。
画面の読み解き
雪の積もった石畳の広場の手前に、エウラリアが頭をこちらに向けて仰向けに横たわる。下半身は赤い布に覆われ、両腕は左右に投げ出され、手首には縄が残る。長い髪は雪の上に広がる。右には縄の巻かれた木の柱が立ち、その脇で槍を持つローマ兵が見張る。奥の柱廊の前では、人々がひざまずき、顔を覆って嘆いている。石畳には鳩が降り、一羽が空へ舞い上がる。ja.wp によれば、題材は4〜5世紀の詩人プルデンティウスの記述に基づく。304年、ローマの神々に生贄を捧げるのを拒んだ12歳のエウラリアはむごい方法で処刑された。すると見守る人々の前で、彼女の口から白い鳩が飛び立って天に昇り、さらに遺体を覆い守るように雪が降りはじめたので、処刑人たちは恐れて逃げ出したという。英語版ウィキペディアによれば、雪は聖女の裸身を覆う屍衣として神が降らせたものと信じられ、群衆の近くを舞い上がる鳩は、天に昇る魂を表す。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。ja.wp によれば、構図の大胆さが特徴で、横たわる亡きがらは短縮法で奥行きが縮められている。背景の人物を遠くに置き、画面の中央に広い空間を残すことで、見る者の視線をエウラリアへ導く。英語版ウィキペディアによれば、雪の白と肌の白が対比をなす。テートは、紙にインクと水彩で描いた小さな習作も所蔵する。完成作と比べると、男の人物は奥へ下げられ、雪はもう降っておらず、胸を覆っていた雪も除かれた。こうした変更が、静けさと孤独の感覚を強めている。
来歴
テートのオープンデータによれば、本作は1885年に発表され、1894年に実業家ヘンリー・テートが寄贈した。所蔵番号は N01542 で、Wikidata にはナショナル・ギャラリーの番号 NG1542 もあわせて記録されている。縦12.7センチ、横7.6センチの習作(T02107)は、1977年に館が購入した。英語版ウィキペディアによれば、2025年の時点では展示されていない。
意義
ja.wp によれば、ウォーターハウスは当時の好みに従い、鞭打ちや火あぶりの傷跡を描かず、12歳の少女をより成熟した女性の姿で表した。英語版ウィキペディアによれば、本作は画家の油彩画の中でも最も異色で印象の強い一点とされる。裸体を描いたことは批判を招きかねなかったが、繊細な扱いと、聖女の若さ、歴史の文脈によって、批評家の筆を免れた。1885年の『マガジン・オブ・アート』の評者は、横たわる人物の哀れな気高さに力のすべてが集まっていると述べ、短縮された人物の素描の巧みさをたたえた。