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《ベアタ・ベアトリクス》

Beata Beatrix
《ベアタ・ベアトリクス》ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
Wikimedia Commons / テート・ブリテン / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
制作年
1864–1870年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
86.4 × 66 cm
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赤い髪の女が目を閉じ、顔を上げて座る。光輪をつけた赤い鳥が、白いケシの花を彼女の開いた両手に落とす。背後には日時計が置かれ、遠くに橋のかかる町が金色の光に沈む。左に赤い衣の「愛」、右にダンテが立つ。

概要

《ベアタ・ベアトリクス》(英: Beata Beatrix)は、イギリスの画家で詩人のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが、1864年ごろから1870年に描いた油彩画である。縦86.4センチ、横66センチのキャンバスで、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵する。題はラテン語で「祝福されたベアトリーチェ」を意味する。亡き妻エリザベス・シダルを、ダンテ・アリギエーリの『新生』のベアトリーチェとして描いた。

画面の読み解き

画面の中央で、赤い髪の女が目を閉じ、顔を少し上に向けて座る。唇はかすかに開き、緑の衣からのぞく灰紫の袖の両手は、手のひらを上にして台の上に置かれる。光輪をつけた赤い鳥が、白いケシの花をくわえて、その手のあいだに落とそうとしている。所蔵館によれば、題材はダンテが恋人ベアトリーチェ・ポルティナーリの早すぎる死をつづった『新生』で、シダルの死は魂の変容として描き直されている。ケシは死の前触れである。背景の左には赤い衣の「愛」の擬人像が命の炎を手に立ち、右のダンテがそちらを見やる。女の背後の日時計は、彼女の死の時を示す。ロセッティ・アーカイヴによれば、ラファエル前派の仲間で批評家のF・G・スティーヴンズは、ベアトリーチェがフィレンツェの父の館のバルコニーに座り、アルノ川と橋、町の塔が見えると書いた。その町並みは、画家が住んだチェルシーのチェイン・ウォークから見たテムズ川と旧バタシー橋にも重ねられるという。鳥は受胎告知の鳩や聖霊のしるしでもあり、赤い色は愛を表すとされる。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれ、左下に画家の組み文字がある。ロセッティ・アーカイヴによれば、本作は1860年代の油彩よりも1850年代の水彩に近い描き方で、粉っぽい絵肌とはっきりしない輪郭、区切られた色面が、写実よりも色の対比を際立たせる。前景と背景は遠近法ではなく象徴の結びつきで組み立てられ、光も現実の日差しというより、ベアトリーチェの頭を光輪のように包む。白い下塗りが、右下や袖に不思議な明るさを与える。画家がデザインした金の額には、『新生』がベアトリーチェの死に引いた旧約聖書『哀歌』の一節と、彼女が亡くなった1290年6月9日の日付が刻まれる。

来歴

ロセッティ・アーカイヴによれば、ロセッティは妻の生前から、彼女をベアトリーチェとする習作や絵に取りかかっていた。所蔵館の画家の解説によれば、シダルは1862年、アヘンチンキの過量摂取で亡くなった。1863年、画家は収集家エレン・ヒートンへの手紙で、未完の絵を最近見つけたので仕上げたいと書いた。弟ウィリアム・マイケル・ロセッティは制作の再開を1864年とし、絵は1870年、のちのマウント・テンプル卿ウィリアム・カウパー=テンプルのために完成した。画家の没後、1883年のロイヤル・アカデミーの展覧会に出品され、1889年、卿の未亡人ジョージアナが夫をしのんで国に寄贈した。所蔵番号N01279。現在はテート・ブリテンの第10室に展示されている。

意義

所蔵館によれば、ロセッティは同じ名の中世の詩人ダンテに深く自分を重ね、妻を失った悲しみを、ベアトリーチェの死をつづったダンテの文章を通して見た。本作は画家にとって妻の記念碑であった。シカゴ美術館によれば、画家はこの絵が死そのものではなく、恍惚とした霊的な状態を表すのだと強く述べている。ロセッティ・アーカイヴは本作を画家の象徴的な作品の際立った例とし、当初から傑作と認められ、多くの再制作や素描が作られたとする。1871〜1872年に収集家ウィリアム・グレアムのために描いた油彩の再制作(シカゴ美術館)には、楽園での二人の再会を描く下の小画面が加えられた。