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《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》

Berthe Morisot au bouquet de violettes
《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》エドゥアール・マネ
Wikimedia Commons / オルセー美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エドゥアール・マネ
制作年
1872年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
55.5 × 40.5 cm
流派
写実主義
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明るい灰色を背に、黒い帽子と黒い服の女性がこちらを見つめる。帽子のリボンが顔の両脇に垂れ、首には黒いリボン。襟元に白い布がのぞき、その下の胸には、すみれの小さな花束がつけられている。

概要

《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》(仏: Berthe Morisot au bouquet de violettes)は、フランスの画家エドゥアール・マネが1872年に描いた油彩画である。縦55.5センチ、横40.5センチのキャンバスで、パリのオルセー美術館が所蔵する。画家ベルト・モリゾを描いた肖像画で、所蔵館によれば、親しい人々から早くも画家の傑作の一つとみなされた。

画面の読み解き

胸から上のモリゾが、明るい灰色の背景の前でこちらを見る。頭には黒い帽子をかぶり、帽子から下がる黒いリボンが顔の両脇から肩へ垂れる。栗色の巻き毛が額と耳にかかり、耳には小さな耳飾りが光る。首には黒いリボンを巻き、黒い服の襟元から白い布がのぞく。その下の胸もとに、青と白のわずかな筆の跡で、題名のすみれの小さな花束が描かれる。所蔵館によれば、マネは多くの肖像画のように光を均一に当てるのでなく、強い光を横からモデルに投げかけたため、モリゾは影と光だけでできているように見える。目は黒く描かれているが、実際は緑色だった。黒い服と黒い帽子は、1869年にはじめてマネの作品に登場したときから注目された彼女の「スペイン的な」美しさを引き立てる、おそらく最良の方法だったと館はみる。背景は左に濃い灰色が縦に広がり、右端には茶色の帯が見える。右上に「Manet 72」の署名と年記がある。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれる。顔は明るい肌色で、鼻の脇や頬に影が落ちる。帽子や服の黒は、幅の広い筆で大きく塗られ、リボンのつやはわずかな灰色の筆の跡で示される。所蔵館は、この黒の見事な変奏によって、マネが自らの腕前の新たな証しを示したとする。そして、ますます明るい色で描き、印象派の道をまっすぐ進んでいた「若い弟子」のモリゾに、黒の驚くべき力を思い出させる警告でもあったのかもしれないとみる。

来歴

所蔵館によれば、普仏戦争とパリ・コミューンはマネに深い傷を残した。マネはパリにとどまって国民衛兵を務め、制作は滞った。1871年の末に再び描き始め、以前のモデルたちと再会する。その一人がモリゾで、マネと深い友情で結ばれ、数年後にマネの弟ウジェーヌと結婚した。本作は1894年まで批評家テオドール・デュレが持ち、同年3月19日のデュレの売り立てで、モリゾ自身が買い取った。モリゾが没する1年前である。その後は娘のジュリー・ルアールが生涯手もとに置き、ルアール家に伝わった。1998年、文化遺産基金やマイヤー財団、中国時報グループ、日本経済新聞社がとりまとめた寄付の協力で購入され、オルセー美術館に収められた。所蔵番号はRF 1998 30である。館の記録では、1905年のサロン・ドートンヌが最も古い出品で、2010年には東京の三菱一号館美術館の「マネとモダン・パリ」展でも公開された。

意義

詩人ポール・ヴァレリーは1932年、オランジュリー美術館のマネ展の図録の序文で、「マネの作品のなかで、1872年の日付のあるベルト・モリゾのある肖像の上に置くものは何もない」と書いた。所蔵館の記事によれば、モリゾは《バルコニー》ではじめてマネの作品に登場してから画家の好むモデルとなったが、1874年の結婚で画家とモデルの関係は終わり、以後は画家どうしとして向き合った。2026年に本作も並んだ「マネとモリゾ」展で、クリーヴランド美術館は、モリゾをモデルとして見がちだった二人の関係のとらえ方を広げ、1870年代半ばからはマネがモリゾの主題や色、筆づかいに倣ったことを示した。