《ナナ》
コルセットと白い下着姿の女が、化粧の手を止めてこちらを見る。画面の右端では、山高帽の紳士が半分だけ切り取られてソファに座っている。1877年のサロンはこの絵を拒んだ。
概要
《ナナ》(仏: Nana)は、エドゥアール・マネが1877年に描いた油彩画である。縦154センチ、横115センチ。ドイツのハンブルク美術館が所蔵する。同時代のパリに生きる女を、神話の衣装も物語の口実もなしに等身大で描いた作で、写実主義の主題の取り方をそのまま示している。
画面の読み解き
女は化粧台の前に立ち、コルセットと白い下着に水色の靴下という姿で身体を右に向け、顔だけをこちらへ回す。右手に白い粉おしろいのパフを持ち、左手は軽く上げられている。化粧台には楕円の鏡と、火の消えた蝋燭が二本。画面の右端には、山高帽と夜会服の紳士がソファに腰かけ、体の大半を画面の外に置いたまま彼女を見ている。背後には鶴と花枝を配した日本風の屏風が立ち、その青と金が画面の上半分を占める。ジャポニスムの流行が室内の設えとしてそのまま描かれている。左下に「Manet 77」の署名がある。
技法・様式
人物は太い輪郭で切り出され、下着の白は絵具を厚く置いた筆の跡をそのまま残す。奥行きは浅く、屏風とソファがほとんど平らな面として背後に立つ。男を画面の端で断ち切る構えは、当時の写真や浮世絵の画面の切り方に通じるもので、見る者を室内の続きに立たせる効果を持つ。画面の中心にいるのは女で、男は添え物として扱われている。
来歴
1877年のサロンの審査で落選した。理由は風俗に反するというものだった。マネはこの絵を、パリの大通りキャピュシーヌ通りに面した店の飾り窓に掛け、人だかりができている。同じ年の5月、諷刺紙『タンタマール』は、描かれた女の恥知らずを言い立てる詩を載せた。当時の批評は絵そのものではなく、主題である娼婦の扱いに集中している。モデルは当時知られた女優アンリエット・オーゼルで、画面の紳士が誰かは特定されていない。「ナナ」という名は、エミール・ゾラが1877年に発表した『居酒屋』に出てくる人物のもので、ゾラが同じ名の長編『ナナ』を書くのは3年後の1880年である。所蔵番号HK-2376。
意義
《オランピア》(1863年)が神話の枠を借りて突きつけた問いを、マネはここでは日常の装いのまま差し出した。裸を描かずに、身なりと視線と画面の切り方だけで、女の立場と見る者の位置を示している。公の展示を拒まれた絵が街頭で人を集めたことも、19世紀後半の美術が制度の外へ出ていく過程を示す一場面として語られる。