クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《浴女たち》

Les Baigneuses
《浴女たち》ギュスターヴ・クールベ
Wikimedia Commons / ファーブル美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ギュスターヴ・クールベ
制作年
1853年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
227 × 193 cm
流派
写実主義

深い森の水辺で、背を向けた裸の女が白い布を腰にあて、片手を上げて身ぶりをする。その前では、靴下を脱ぎかけた女が地面に座り、驚いたように見上げて両手を広げる。右下の岩には署名がある。

概要

《浴女たち》は、フランスの画家ギュスターヴ・クールベが1853年に描いた油彩画で、モンペリエのファーブル美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦227センチ、横193センチ(額込みで縦294センチ、横260センチ)。所蔵番号は868.1.19で、館の37室に展示されている。右下に「G. Courbet 1853」の署名と年記がある。館は、挑発的な裸体と人物たちの謎めいた身ぶりによって、本作が1853年のサロンの大きな騒ぎになったとし、これを収集家アルフレッド・ブリュイヤスが買ったことが、画家と収集家の双方の自立のしるしになったと述べる。

画面の読み解き

深い森の中、岩のあいだから流れ出る水辺に、二人の女性がいる。中央の女性は背を向けて立ち、裸の体の腰に白い布をあて、片手を高く上げて身ぶりをする。その前では、髪を布で包み、靴下を片方脱ぎかけた女性が地面に座り、両手を広げて彼女を見上げる。左の木の枝には赤い服が掛けられ、右下には脱いだ服や帽子が置かれる。館の教育用資料によれば、モデルの中心は、写真家ジュリアン・ヴァルー・ド・ヴィルヌーヴの写真で知られるアンリエット・ボニオンだった。

技法・様式

館の資料によれば、クールベはディアナやヴィーナス、スザンナのように理想の女性美を表してきた水浴の女という古典の主題を、極めて個人的で挑発的なやり方で描き直した。浴女は、化粧もせず、足は汚れ、靴下はたるんだ、ふくよかな市民の女として描かれている。それまで歴史画や宗教画のような格の高い分野にだけ許された大きな画面が、その挑発をいっそう強めた。一方で、ナイフで描いた岩や暗い木々の茂みには、故郷フランシュ=コンテの自然へのクールベの深い愛情が表れている。

来歴

館の資料によれば、クールベは1853年5月13日に両親へ、作品は審査員にすんなり受け入れられたが、《浴女たち》は「少し人を怖がらせる」と書き、その後尻に布を描き加えたと伝えている。同じ年の9月には、友人ルイ・ティシエ=サリュスがブリュイヤスに購入を思いとどまるよう手紙を送ったが、ブリュイヤスは「これこそ自由な芸術だ、この絵は私のものだ」と言って買い取ったとされる。これを機に画家と知り合い、二人の実り多い友情が始まった。本作は1868年にブリュイヤスの寄贈でファーブル美術館に入った。

意義

館の資料によれば、批評家テオフィル・ゴーティエは「醜いものだけが真実なのか」と問い、ドラクロワは形の俗っぽさよりも考えの俗っぽさと無用さを嘆いた。クールベ自身は、「《浴女たち》の絵は、私の人生の奇妙な一時期を表している。それは皮肉だ」と語ったという。館は、フランス第二帝政期に好まれた、平らで作りごとめいた裸体画に対し、クールベは率直な官能と生きた肉体への関心を持ち込み、それは後の《世界の起源》にまで至ると述べる。同じ時代の理想化された裸体の例として、館の資料はアレクサンドル・カバネルの《ヴィーナスの誕生》を挙げている。