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《石割人夫》

Les Casseurs de pierres
《石割人夫》ギュスターヴ・クールベ
Wikimedia Commons / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ギュスターヴ・クールベ
制作年
1849年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
159 × 259 cm
流派
写実主義
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街道ぞいで石を割る二人の男が、等身大に近い大きさで画面いっぱいに描かれている。顔はどちらもはっきりとは見えない。1849年のこの絵は写実主義の出発点とされ、1945年のドレスデンで失われて現存しない。

概要

《石割人夫》(仏: Les Casseurs de pierres、独: Die Steinklopfer)は、ギュスターヴ・クールベが1849年に描いた油彩画である。縦159センチ、横259センチ。ドレスデンの絵画館(現在のノイエ・マイスター絵画館)が所蔵番号2522で所蔵していたが、第二次世界大戦の末期に失われ、現存しない。写実主義の出発点に置かれる一点である。

画面の読み解き

街道ぞいの石置き場に二人の男がいる。左の若者はすり切れたシャツにズボン吊りで、石を詰めた籠を腰で支えて運ぶ。右の年長の男は片膝をつき、麦わら帽子を目深にかぶって槌を振り下ろす。どちらも顔はこちらに向けられず、若者は後ろ姿、年長者は帽子の影に沈む。背景は丘の斜面が画面の上半分をふさぎ、右上の隅にだけ空がのぞく。地面には砕いた石が散り、鍬が投げ出され、右手には鍋と匙が置かれている。労働のほかには何も語られない。

技法・様式

主題は労働そのもので、物語も教訓も添えられない。等身大に近いこの大きさは、当時は歴史画や宗教画にあてられる寸法だった。その規模で名もない労働者を描いたことが、画面の内容以上に当時の見方を刺激している。色は土と埃の褐色に抑えられ、絵具はこすりつけるように置かれて衣服と石の質感を出す。丘の斜面が空をほとんど閉ざし、二人に逃げ場のない画面になっている。

来歴

クールベは1849年11月、故郷オルナンに近いメジエール付近の街道で石を割る二人を見かけ、翌朝アトリエに招いて写生したと伝えている。年長者は七十歳ほど、もう一人は色の黒い若者だったと書き残した。作品は1850年から1851年にかけてのパリのサロンに出品され、主題の卑俗さをめぐって論議を呼ぶ。ピエール=ジョゼフ・プルードンはこれを「その種のものとしての傑作」と評し、批評家シャンフルーリは「今日から批評家は写実主義に賛成か反対かで争う支度ができる」と書いた。作品はのちにドレスデンの絵画館に入る。1945年2月13日から15日のドレスデン空襲の際、ケーニヒシュタイン要塞へ疎開させる輸送の途中で失われたと伝えられてきたが、1988年に美術史家リチャード・ラスキンは、それ以前の1944年に所在が分からなくなっていたとする説を出している。ドレスデン国立美術館には、失われる前の1926年から1927年にL・シュンツェルが描いた縮小模写(85×121センチ)が残る。

意義

写実主義という語が絵画をめぐる議論の中心に据えられたのは、この作品と、同じ時期の《オルナンの埋葬》によってである。以後の絵画は、何を描くに値するかという問いを避けられなくなった。原画が失われた今も、残された複製を通して画集と教科書に載り続けている。