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《アブサンを飲む男》

Le Buveur d'absinthe
《アブサンを飲む男》エドゥアール・マネ
Wikimedia Commons / ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エドゥアール・マネ
制作年
1859年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
180.5 × 105.6 cm
流派
写実主義
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暗い壁の前に、茶色の外套で身を包みシルクハットをかぶった男が、低い石の台に寄りかかって立つ。台の上には緑がかったアブサンのグラスが置かれ、足もとには空の瓶が転がっている。

概要

《アブサンを飲む男》は、フランスの画家エドゥアール・マネが1859年に描いた油彩画で、コペンハーゲンのニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館が所蔵する。館が Google Arts & Culture に寄せた記録では、カンヴァスに描かれ、縦180.5センチ、横105.6センチ。所蔵番号はMIN 1778。英語版ウィキペディアによれば、マネが初めてパリのサロンに応募した作品で、1859年に落選した。

画面の読み解き

画面では、暗い灰色の壁の前に、茶色の大きな外套で体をすっぽり包み、黒いシルクハットを目深にかぶった髭の男が、等身大の全身像で立つ。男は腰の高さの石の台に寄りかかり、台の上には緑がかった液体の入ったアブサンのグラスが置かれている。足もとには黒い空の瓶が転がり、左の壁には男の大きな影が落ちる。英語版ウィキペディアによれば、モデルはルーヴル界隈に出入りしていたコラルデという酒浸りの屑拾いである。館の解説によれば、伝統的に全身像は貴族や王族の肖像のためのものだったが、マネはそれを、酔いどれの浮浪者という怪しげなものに置き換えた。皮肉にも男は、上流階級に属するかのように外套とシルクハットを身につけている。

技法・様式

館の解説によれば、マネの描き方は当時の公式の理想と根本から異なっていた。画面の表面は何か所も平らでなく、一つ一つの筆跡が見え、壁の影は人物と合っておらず、脚は奇妙なつき方で胴に結びついている。全体は茶、灰、黒の色調でまとめられ、背景にはほとんど何も描かれていない。英語版ウィキペディアによれば、ほぼ完成したところで本作を見た師のトマ・クチュールは、こんな忌まわしいものを描くとは、と非難したと伝えられる。

来歴

英語版ウィキペディアによれば、1859年のサロンでは、ウジェーヌ・ドラクロワだけが本作に票を投じた。マネはその後も手を入れ続け、台の上のアブサンのグラスは1867年から1872年のあいだに描き加えられたとされる。1872年、マネは本作をほかの22点とともに画商ポール・デュラン=リュエルに売り、1906年にはオペラ歌手ジャン=バティスト・フォールの手に渡った。1914年にコペンハーゲンの国立美術館で展示された際に、ニイ・カールスベルグ財団のために購入され、グリプトテクの収集に最も早く加わった近代の作品の一つとなった。

意義

館の解説は、マネがこのような主題と、公式の理想から大きく離れた描き方によって、近代の具象芸術の突破口に計り知れない重要性をもったとしている。英語版ウィキペディアによれば、マネは同じ外套の人物を、1862年の《老音楽師》にも描き入れた。マネの晩年の同じ主題の素描を持つヒル=ステッド美術館の解説によれば、アブサンは1850年代にフランスで流行し始め、1862年にはパリだけでこの酒を出す店が500軒あった。