
《24歳の自画像》1804年、コンデ美術館(シャンティイ)
Wikimedia Commons / コンデ美術館 / Public domain- 生没年
- 1780–1867年
- 国籍
- フランス
- 様式
- 新古典主義
ドミニク・アングル
1780年に南フランスのモントーバンに生まれ、1867年にパリで没した画家。ダヴィッドに学び、明快な線と滑らかな仕上げで古典の理想を追い、19世紀前半のフランス画壇を代表する存在となった。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1780年8月29日、南フランスのモントーバンに生まれ、父から絵の手ほどきを受けた。トゥールーズで学んだのち、1797年にパリのジャック=ルイ・ダヴィッドのアトリエに入り、2度目の挑戦となった1801年にローマ賞を得る。ローマに留学し、1810年に給費期間を終えたあともイタリアにとどまって、のちにフィレンツェで3年あまり制作した。1824年のサロンに出品した《ルイ13世の誓願》が広く称賛され、パリに戻る。1835年から1841年までローマのフランス・アカデミーの院長を務め、1867年1月14日にパリで没した。
様式の変遷
イタリアでラファエロと15世紀のイタリア絵画に出会い、その影響は生涯にわたって作風に刻まれた。明快な輪郭線と、筆の跡を残さない滑らかな仕上げで、歴史画、肖像画、裸婦を描く。理想の美のためには人体の比例を大胆に引き伸ばすこともいとわず、《グランド・オダリスク》(1814年)の長い背中は発表当時に批判を浴びた。パリでは、色彩を重んじるウジェーヌ・ドラクロワらロマン主義の画家たちと対立し、線を重んじる新古典主義の旗手とみなされた。
代表作
ローマで描いた《浴女》(1808年)、《グランド・オダリスク》(1814年)、《トルコ風呂》(1862年)は、いずれもルーヴル美術館にある。1820年頃に描き始め、弟子の手を借りて1856年に仕上げた《泉》は、オルセー美術館が所蔵する。ほかに《玉座のナポレオン》(1806年、パリ軍事博物館)、《ルイ13世の誓願》(1824年、モントーバン大聖堂)などが知られる。
影響
素描家として誰もが認める巨匠とされ、故郷モントーバンの美術館は、アトリエに残された4,507点の素描を受け継いでいる。ヴァイオリンの腕前でも知られ、フランス語では「アングルのヴァイオリン」が「得意な趣味」を意味する言い回しになった。