
エドゥアール・デュビュフ《ローザ・ボヌールの肖像》(1857年、牛はボヌール自身が描いた。ヴェルサイユ宮殿美術館)
Wikimedia Commons / ヴェルサイユ宮殿美術館 / Public domain- 生没年
- 1822–1899年
- 国籍
- フランス
- 様式
- 写実主義
ローザ・ボヌール
1822年にボルドーで生まれ、1899年にフォンテーヌブローの森に近いトムリーで没したフランスの画家。牛や馬を生き生きと描き、同時代で最も名高い動物画家となった。
略歴BIOGRAPHY
生涯
オルセー美術館が2022年に開いた回顧展によれば、1822年3月16日、ボルドーの芸術家の一家に生まれた。画家でサン=シモン主義者だった父から、アカデミーの伝統的な方法で素描を学ぶ。1841年、19歳でサロンに初めて出品し、1848年のサロンで金メダルを得て、国家の注文を受けた。その注文で描いた《耕作、ニヴェルネ地方にて》(1849年)はサロンで大成功を収め、《馬の市》(1853年)はイギリスで熱狂的に迎えられる。以後はサロンへの出品をやめ、作品は画商を通じてイギリスや、とくにアメリカへ送られた。1859年にフォンテーヌブローの森に近いトムリーのバイの城館を手に入れてアトリエを構え、1865年には皇后ウジェニーからレジオン・ドヌール勲章を受けた。生涯の伴侶ナタリー・ミカス、のちに伝記作者となる画家アンナ・クランプクとともに暮らし、1899年5月25日、バイの城館で没した。
様式の変遷
同展によれば、ボヌールは剥製ではなく、自由に、あるいは半ば自由に暮らす生きた動物を前に描き、モデルとの出会いとやりとりを求めた。素描は生涯と作品の中心で、字を書くより先に絵を描いていたと語り、素描を動物ごとに大きな紙挟みに分けて保管した。動物を人間に見立てず、それぞれの他者性を尊重したという。メトロポリタン美術館によれば、《馬の市》のためには、パリのオピタル大通りの馬市に1年半にわたって週2回通い、人目を避けるために警察の許可を得て男装した。構想では、イギリスのジョージ・スタッブス、テオドール・ジェリコー、ウジェーヌ・ドラクロワ、古代ギリシャの彫刻に学び、この絵を自分の「パルテノンのフリーズ」と呼んだ。
代表作
《耕作、ニヴェルネ地方にて》(1849年、オルセー美術館)、《馬の市》(1852〜1855年、メトロポリタン美術館)が知られる。
影響
同展によれば、《耕作、ニヴェルネ地方にて》によって、同時代で最も偉大な動物画家とみなされるようになった。1865年の叙勲の際、皇后は「才能に性別はない」と述べたという。アメリカを一度も訪れなかったが、この国を限りなく敬愛し、1889年にはパリに来たバッファロー・ビルとワイルド・ウェスト・ショーの一座に会っている。