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エドガー・ドガの肖像

エドガー・ドガ《自画像》1855年、オルセー美術館

Wikimedia Commons / オルセー美術館 / Public domain
生没年
1834–1917年
国籍
フランス
本DB収録 2 点

エドガー・ドガ

Edgar Degas

略歴BIOGRAPHY

生涯

1834年7月19日、パリの銀行家の家に生まれた。本名はイレール・ジェルマン・エドガー・ド・ガ。母はニューオーリンズ出身で、ドガ自身も1872年末から5か月ほど同地に滞在している。1855年にエコール・デ・ボザールへ入り、アングル派の画家ルイ・ラモートに学んだ。1856年と1858年にはイタリアへ渡り、古典美術を写している。1862年にエドゥアール・マネと知り合ってカフェ・ゲルボワの画家たちに加わり、1874年の第1回印象派展以来、全8回のうち7回に出品した。普仏戦争に国民衛兵として従軍した際に目を痛め、のちに視力の衰えに悩まされる。1917年9月27日、パリで没した。

様式の変遷

光の移ろいを追ったクロード・モネらとは異なり、ドガの基礎はルネサンスの巨匠とアングルの素描にあった。古典の手法で同時代の都会を描くことから、自らを「現代生活の古典画家」と呼んでいる。1870年代には劇場の楽屋や稽古場、カフェや洗濯場といった室内に主題を求め、人物を画面の端で断ち切る構図を多用した。浮世絵、とりわけ葛飾北斎からの影響が指摘されており、日本におけるジャポニスム研究の出発点にもなっている。1880年代半ば以降はパステルによる浴女の連作に向かい、晩年は視力の衰えとともに踊り子や馬の塑像を手がけた。

代表作

《家族の肖像(ベレッリ家)》(1858〜1869年、オルセー美術館)、《アブサン》(1875〜1876年、同)のほか、《オペラ座のオーケストラ》(1870年、同)、《ダンス教室》(1873〜1875年、同)、《踊りの花形》(1878年頃、同)、《アイロンをかける2人の女》(1884年、同)、《シルク・フェルナンドのマドモアゼル・ララ》(1879年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、彫刻《14歳の小さな踊り子》(1881年)が知られる。

影響

一瞬の動きをとらえる構図と、大胆に切り取られた画面は、写真と浮世絵の見方を絵画に持ち込んだものとして、ロートレックをはじめ後の画家に受け継がれた。踊り子を描いた一連の作品は、今日もっとも広く知られるドガの仕事である。気難しく皮肉な人柄で知られ、晩年はドレフュス事件をめぐる立場から友人を失ったとも伝えられる。

代表作MAJOR WORKS

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