- 時期
- 1720–1780年
- 地域
- フランス(パリ)、ドイツ・オーストリア、イタリア、イギリス
- 時代
- バロック・ロココ
ロココ
18世紀前半のパリに生まれ、ヨーロッパ各地に広まった装飾的な様式。貝殻や渦巻きを思わせる非対称の曲線と淡い色調で貴族の邸宅の室内を軽やかに飾り、絵画では恋愛や田園の遊びが好んで描かれた。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
18世紀前半のパリで生まれ、ヨーロッパ各地に広まった装飾の様式を指す。名前は、庭園の人工洞窟を飾った貝殻や小石の細工「ロカイユ」に由来する。1715年にルイ14世が没すると、貴族たちはヴェルサイユの宮廷からパリの邸宅へ戻り、壮大で厳格なバロックに代わって、親密な室内を軽やかに飾る趣味が好まれるようになった。メトロポリタン美術館は、ロココを貝殻やロカイユ、渦巻き、アカンサスの葉を用いた18世紀の代表的な国際装飾様式とし、1730年代のフランスで確立して、1740年代にはイギリスに達したと説明している。
造形上の特徴
非対称の曲線、C字やS字の渦巻き、貝殻や植物をかたどる装飾に、白と金、淡い色調が組み合わされる。建物の内装から家具、銀器、磁器までが一つの様式で統一され、装飾は手仕事の自由な曲線で描き出された。絵画では、恋人たちの戯れや田園の遊び、官能的な神話の場面が、明るい色と軽やかな筆づかいで描かれる。画面は小ぶりで、壁の装飾の一部として室内に組み込まれることも多かった。
代表画家と代表作
アントワーヌ・ヴァトーは1717年、《シテール島への巡礼》を王立絵画彫刻アカデミーの入会作品として提出した。ルーヴル美術館によれば、この作品は18世紀を通じてアカデミーの集会室に掛けられ、着飾った男女が野外で憩う「雅宴画(フェート・ギャラント)」の手本となった。フランソワ・ブーシェは国王の寵姫ポンパドゥール夫人の庇護を受けて神話や田園の場面を描き、ジャン=オノレ・フラゴナールの《ぶらんこ》(1767〜1768年頃)は、所蔵するロンドンのウォレス・コレクションが18世紀フランス美術を最も象徴する図像の一つとする作品である。イタリアではヴェネツィアのティエポロが、ドイツのヴュルツブルク司教館などに壮麗な天井画を残した。イギリスでは、ロンドンでフランス人の版画家グラヴロに学んだトマス・ゲインズバラが、フランスのロココから受けた軽やかな筆触で、初期の《アンドリューズ夫妻》(1750年頃)や《青衣の少年》(1770年)などの肖像を描いた。
前後の流派との関係
ルイ14世時代の壮麗なバロックから生まれ、その曲線と動きを、小さく軽やかな装飾へと移しかえた。18世紀半ばから古代への関心が高まり、ディドロら啓蒙思想家がブーシェの官能と軽薄さを批判すると、趣味は厳格な新古典主義へ移る。ブーシェの遠縁にあたるジャック=ルイ・ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》(1784年)は、その転換を象徴する作品となった。「ロココ」という呼び名は、のちに時代遅れの装飾を揶揄する言葉として広まったとされる。