
アレクサンドル・ロスラン《アンヌ・ヴァライエ=コステルの肖像》(1783年、クロッカー美術館)
Wikimedia Commons / クロッカー美術館 / Public domain- 生没年
- 1744–1818年
- 国籍
- フランス
- 様式
- ロココ
アンヌ・ヴァライエ=コステル
1744年に生まれ、1818年にパリで没したフランスの画家。26歳で王立絵画彫刻アカデミーの会員となり、花を描いた静物画で名高く、王妃マリー・アントワネットの庇護を受けた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
英語版ウィキペディアによれば、1744年12月21日に生まれた。父ジョゼフ・ヴァライエはゴブラン織の工房に属した金細工師で、一家は1754年にパリへ移った。女性が男性の画家に弟子入りすることは難しく、父のほか、植物画家マドレーヌ・バスポールや海景画家クロード=ジョゼフ・ヴェルネに学んだ。スウェーデン国立美術館によれば、1770年、静物画家として26歳で王立絵画彫刻アカデミーに迎えられた。若く、未婚の女性が、男性の支配する機関に入ったことは当時まれな出来事だった。1781年に弁護士ジャン=ピエール=シルヴェストル・コステルと結婚する。英語版ウィキペディアによれば、王妃マリー・アントワネットが結婚の契約書に証人として署名した。1818年2月28日に没した。
様式の変遷
スウェーデン国立美術館によれば、主に花の静物画を手がけ、効果的な色づかいと巧みな錯視によって作品は求められたが、静物画は当時の主題の序列では低く見られていた。そこで、歴史画に結びつく品々を画面に取り入れて主題を広げようとした。王族の注文を求めて肖像画も描き、国王の叔母たちやマリー・アントワネットから注文を受けたが、描いた肖像は少なく、多くは画家と身近な関係にある人々だった。
代表作
アカデミーの入会作品《絵画の象徴》《音楽の象徴》(ルーヴル美術館)、《ブリオッシュ、果物と野菜のある静物》(1775年、スウェーデン国立美術館)、《ヴァイオリン奏者の肖像》(1773年、同)が知られる。
影響
英語版ウィキペディアによれば、フランス革命前にアカデミーに迎えられた14人の女性の一人で、1771年のサロンでは、ディドロが新会員がみな彼女ほどの出品をすればサロンの姿は一変するだろうと書いた。主な庇護者だった王家の没落とともに、その名声は衰えた。