
《自画像》1794年、ルーヴル美術館。ロベスピエール失脚後の投獄中に描いたとされる
Wikimedia Commons / ルーヴル美術館 / Public domain- 生没年
- 1748–1825年
- 国籍
- フランス
- 様式
- 新古典主義
ジャック=ルイ・ダヴィッド
1748年にパリで生まれ、1825年に亡命先のブリュッセルで没したフランスの画家。古代を手本とする厳格な歴史画で新古典主義を確立し、フランス革命とナポレオンの時代を描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1748年8月、パリに生まれた。遠縁のロココの画家ブーシェの勧めでジョゼフ=マリー・ヴィアンに学び、ローマ賞に何度も落選した末に1774年に受賞し、翌年からローマに留学した。帰国後、王の注文で描いた《ホラティウス兄弟の誓い》が1785年のサロンで絶賛され、画壇の第一人者となる。革命ではジャコバン派の国民公会議員としてルイ16世の処刑に賛成し、祭典を演出した。ロベスピエールの失脚後に投獄されたが、1804年にナポレオンの首席画家となった。王政復古で追放され、1816年からブリュッセルに住み、1825年12月に没した。
様式の変遷
ロココの時代に修業したが、ローマで古代彫刻とルネサンス絵画を学び、明確な輪郭、抑えた色彩、浅い舞台に人物を並べる構成を得た。1780年代の歴史画では古代の英雄が私情より公の義務を選ぶ場面を描いた。革命期には殺された革命家を殉教者として描く《マラーの死》(1793年)で同時代の出来事を歴史画の格に高めた。ナポレオン時代には豪華な衣装と明るい色彩の記念画に移った。
代表作
《ホラティウス兄弟の誓い》(1784年)と《サビニの女たち》(1799年、ともにルーヴル美術館)のほか、《ソクラテスの死》(1787年、メトロポリタン美術館)、《アルプス越えのナポレオン》(1801年)、《ナポレオンの戴冠式》(1805〜1807年)、《テルモピュライのレオニダス》(1814年、ルーヴル美術館)がある。
影響
グロ、ジロデ、ジェラール、アングルら多くの弟子が19世紀前半の画壇を担った。古代を手本に素描と輪郭を重んじる教えは、19世紀のアカデミー絵画の基礎となった。弟子の世代からドラクロワらロマン主義の画家が現れ、アングルと対立した。