
《自画像》(素描、黒チョーク)1780〜1790年頃、ルーヴル美術館
Wikimedia Commons / ルーヴル美術館 / Public domain- 生没年
- 1732–1806年
- 国籍
- フランス
- 様式
- ロココ
ジャン=オノレ・フラゴナール
1732年に南フランスのグラースに生まれ、1806年にパリで没した画家。ブーシェに学び、軽やかな筆づかいで恋の戯れや家庭の情景を描いた、ロココを代表する画家の一人。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1732年、南フランスのグラースに生まれた。ウォレス・コレクションによれば、パリでジャン=シメオン・シャルダンに弟子入りしたのち、国王ルイ15世の首席画家フランソワ・ブーシェの愛弟子となった。1752年にローマ賞を得て、1756年から1761年までローマのフランス・アカデミーで学ぶ。帰国後、1765年のサロンに出した大作《祭司長コレシュス、カリロエを救うために自らを犠牲にする》は国王の収集に入った(ルーヴル美術館)。1769年にマリー=アンヌ・ジェラールと結婚し、のちに妻の妹マルグリット・ジェラールを弟子として、共作も手がけた。1806年にパリで没した。
様式の変遷
初めはアカデミーの伝統に立つ歴史画の画家として称賛されたが、1760年代の終わりには公的な画壇からはっきりと離れ、個人の収集家のために、恋の場面や家庭の情景を描く小さな画面を数多く手がけた。師ブーシェから受け継いだ渦を巻く構図と明るい色彩に、すばやく自在な筆づかいを加え、ロココの軽やかさを最後に体現した画家となった。
代表作
《ぶらんこ》(1767〜1768年頃、ウォレス・コレクション)、《読書する娘》(1769年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)、《祭司長コレシュス、カリロエを救うために自らを犠牲にする》(1765年、ルーヴル美術館)などが知られる。ウォレス・コレクションは、フランス以外のヨーロッパで最大となる8点の作品を所蔵している。
影響
厳格な新古典主義が台頭すると、その官能的で軽やかな画風は時代遅れとみなされた。それでも自由な筆づかいと明るい光の表現によって、今日では18世紀フランスの優雅な趣味を伝える画家として親しまれている。