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ジョシュア・レノルズの肖像

《自画像》1750年頃、イェール大学英国美術研究センター

Wikimedia Commons / イェール大学英国美術研究センター / Public domain
生没年
1723–1792年
国籍
イギリス
様式
ロココ
本DB収録 1 点

ジョシュア・レノルズ

Joshua Reynolds

1723年にイングランド南西部デヴォン州のプリンプトンに生まれ、1792年に没した画家。18世紀イギリスを代表する肖像画家で、ロイヤル・アカデミーの初代会長を務め、講演集『講話』で絵画の理想を説いた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

1723年7月16日、デヴォン州プリンプトンに生まれた。父は学校長で、オックスフォード大学ベリオール・カレッジのフェローでもあり、当時の画家としては教養ある家庭に育った。1740年、ロンドンの人気肖像画家トマス・ハドソンに弟子入りする。1749年に軍艦センチュリオン号で地中海へ渡り、1752年まで主にイタリアで古代とルネサンスの美術を学んだ。ローマで病を得て耳が不自由になり、のちには耳らっぱを持ち歩いた。帰国後まもなくロンドンで開業し、第一の肖像画家の地位を築く。サミュエル・ジョンソンや俳優デイヴィッド・ギャリックと親しく、ロンドンの知的な社交の中心にいた。1768年にロイヤル・アカデミーが創設されると初代会長に選ばれ、没するまで務めた。1784年に首席宮廷画家となったが、1789年に左目の視力を失って制作から退き、1792年2月23日に没した。91台の馬車が葬列に続き、セント・ポール大聖堂に葬られた。

様式の変遷

ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、古代とイタリア・ルネサンス、そしてレンブラント、ルーベンス、ヴァン・ダイクの作品に学び、イギリスの肖像画に多様さと威厳をもたらした。ラファエロら巨匠の壮大な様式を重んじ、肖像画でもモデルを神話や歴史の道具立てのなかで理想化した。1769年から1790年にアカデミーで行った15回の講演は『講話』として出版され、自然をそのまま写すのではなく、古典とルネサンスの美術を手本に理想化するよう説いた。歴史画を画家の最も高貴な仕事と考えたが描く機会は少なく、代表作は肖像画である。1770年代からは、女性や子どもに役を演じさせるファンシー・ピクチャーも手がけた。一方で技法に欠陥があり、洋紅の赤はあせ、黒に用いたビチューメンにはひびが入りやすい。

代表作

《無垢の時代》(1788年ごろ、テート・ブリテン)のほか、《ヒュメナイオスの柱像を飾る三人の婦人》(1773年、テート・ブリテン)、《苺売りの少女》(1772〜1773年、ウォレス・コレクション)などが知られる。

影響

ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、18世紀イギリスを代表する肖像画家とする。アカデミーの初代会長として、また『講話』の著者として、画家の教育とイギリス美術の地位の向上に大きな役割を果たした。同時代のトマス・ゲインズバラとは肖像画の第一人者の座を分け合い、古典への参照を重んじるレノルズと、同時代の服装で人物を描くゲインズバラは対照をなした。

代表作MAJOR WORKS

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