クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《書斎のナポレオン》

The Emperor Napoleon in His Study at the Tuileries
《書斎のナポレオン》ジャック=ルイ・ダヴィッド
Wikimedia Commons / ワシントン・ナショナル・ギャラリー / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ジャック=ルイ・ダヴィッド
制作年
1812年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
203.9 × 125.1 cm
広告

テュイルリー宮殿の書斎で、青い軍服に白いチョッキのナポレオンが、右手を胸元に差し入れて立つ。背後の時計は明け方を指し、机のろうそくは燃え尽きかけ、椅子には剣と「法典」の書類が置かれている。

概要

《書斎のナポレオン》(英: The Emperor Napoleon in His Study at the Tuileries)は、フランスの画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが1812年に描いた油彩画である。縦203.9センチ、横125.1センチのキャンバスで、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。パリのテュイルリー宮殿の書斎に立つ皇帝ナポレオン1世を、全身で描いた肖像画である。ナポレオン財団の解説(カリーヌ・ユグノー、2006年)によれば、1811年8月3日、スコットランドの富裕な貴族で、のち1819年に第10代ハミルトン公爵となるダグラス侯爵アレグザンダーが、手紙でダヴィッドにナポレオンの肖像を注文した。

画面の読み解き

所蔵館によれば、ダヴィッドはナポレオンを、フランスの人々のために休みなく働く姿で描いた。時計は明け方の4時13分を指し、ろうそくはほとんど燃え尽きている。皇帝の髪は乱れ、靴下にはしわが寄る。フランスで初めての民法典となるナポレオン法典を起草して、夜を明かしたのである。右の机の巻いた書類には「CODE(法典)」の文字が見え、赤いビロードに蜂の模様を散らした椅子には、剣と白い剣帯が置かれている。左の机の脚は金色の獅子で、床には書物と巻いた紙が転がる。左下の紙に「LVD.CI.DAVID OPVS / 1812」の署名と年記がある。

技法・様式

ナポレオン財団の解説によれば、この構図は、君主を儀式の礼服で描く伝統から大きく離れ、皇帝の文民としての功績を示す写実的な寓意画となっている。ナポレオンは、日曜日にいつも着ていた近衛擲弾歩兵の大佐の青い軍服姿で、右手をチョッキに差し入れる古典的なポーズをとる。画家は姿を美しく見せようとはせず、体つきは重たげで、顔はむくんで見えるほどである。背景を簡素にすることの多いダヴィッドの肖像画のなかで、本作では書斎が大きな役割を果たす。ダヴィッド自身は1812年5月8日の手紙で、ナポレオンは法典を書いて夜を明かし、燃え尽きかけたろうそくと、朝の4時を打ったばかりの時計だけが夜明けを示すと説明した。皇帝は机から立ち上がり、剣を帯びて閲兵に向かうところだという。財団は、軍の指導者が、並外れた働きぶりの政治家、行政官、立法者でもあることを示すのがこの絵のねらいだとする。

来歴

ナポレオン財団によれば、ダヴィッドは立像の肖像を引き受け、代金は最終的に1000ギニー(1万8650フラン)となった。1812年3月末ごろに完成すると、本人に驚くほど似ているとして、画家のアトリエに大勢の人々が詰めかけたという。所蔵館の来歴によれば、本作はスコットランドのハミルトン宮殿で公爵家に受け継がれ、1882年のハミルトン宮殿の収集の売り立てに出た。第5代ローズベリー伯爵のために買われたとみられ、その子の第6代伯爵を経て、1951年に画商ウィルデンスタインに、1954年2月にサミュエル・H・クレス財団に売られた。1961年に同財団が館に寄贈した。

意義

所蔵館は、この肖像画が指導者の力強い神話をつくり上げたが、それがすべてではないと述べる。ナポレオンは軍事の天才で、その法典は世界の近代法制度の手本となったが、ヨーロッパ征服の途上で数百万の死者を出し、フランスの植民地で奴隷制を復活させ、世界中から美術品を奪った。その複雑な遺産はいまも激しい議論の的だという。ナポレオン財団によれば、ダヴィッドは1812年4月に「第二のオリジナル」となる再制作を描いた。これはアトリエに残り、1860年に第二帝政の宮内省が買ってテュイルリー宮殿の元帥の間に置くことになった。のち皇后ウジェニーやマチルド皇女らの手を経て、1979年にフランス国家が取得している。