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《ヴィーナスとアドニス》

《ヴィーナスとアドニス》ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
制作年
1554年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
186 × 207 cm

雲の流れる空の下、狩りへ急ぐ若いアドニスを、裸のヴィーナスが後ろ姿で抱きとめて振り仰ぐ。アドニスは槍を手に猟犬の綱を引き、左奥の木陰ではキューピッドが眠っている。

概要

《ヴィーナスとアドニス》は、ヴェネツィアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1554年に描いた油彩の神話画で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦186センチ、横207センチ。所蔵番号はP000422で、館の044室に展示されている。館の解説によれば、1553年の《ダナエ》とともに、のちのスペイン王フェリペ2世がまだ皇太子だった時代に贈られた最初のポエジア(オウィディウスの『変身物語』などに取材した神話画の連作)の一点である。

画面の読み解き

画面では、雲の流れる空と森を背に、狩りへ出ようとする若いアドニスを、ヴィーナスが後ろから両腕で抱きとめ、その顔を振り仰いでいる。ヴィーナスは見る者に背を向けた裸の姿で、赤いビロードの布を掛けた岩に腰かけ、足もとには金色の壺が置かれている。アドニスは赤い短衣をまとい、振り上げた右手に槍を持ち、左手で3頭の猟犬の綱を引きながら女神を見下ろす。左奥の木陰ではキューピッドが眠り、木の枝には弓と矢筒が掛かっている。右上の雲間からは光の筋が差している。館の解説によれば、ティツィアーノは、オウィディウスにもほかの知られた典拠にもない、アドニスがヴィーナスの抱擁から身を振りほどく瞬間を描いた。1584年にはラッファエッロ・ボルギーニがこの逸脱を批判し、後の研究者はディエゴ・ウルタード・デ・メンドーサやロドヴィーコ・ドルチェの詩にその典拠を探してきた。

技法・様式

館によれば、ティツィアーノが最初にこの主題を描いたのは1520年代の終わりで、その作品は失われ、模写でしか知られていない。本作の価値は、それ以前の型に従う構図よりも、ほかの版よりはるかに優れた仕上がりにある。赤外線反射撮影によれば、ティツィアーノは本作を描くにあたり、モスクワの版(1542〜1546年)を出発点とし、二人の人物と構図の主な要素を転写によって写した。X線写真では、アドニスの狩りの槍がもとは別の位置にあったことがわかり、ヴィーナスの横顔やアドニスの胴などにも描き直しの跡が見える。それが見えるのは、画面が非常に薄い層で塗られ、空などでは下地が透けているためで、ティツィアーノはこの効果を後のポエジア、とくに《エウロペの略奪》で推し進めた。

来歴

館の解説によれば、ポエジアは、ティツィアーノが1553年から1562年にかけてフェリペのために描いた神話画の連作で、二人はおそらく1551年にアウクスブルクで計画を取り決めた。ティツィアーノはこのとき皇太子の肖像も描いている。1554年9月10日の手紙によれば、作品は一つの小部屋にまとめて掛けられることになっていたが、特定の部屋のために描かれたものではなかった。ポエジアはスペインに着くとマドリードの王宮アルカサルに置かれたとみられ、1623年以降は新しい夏の居室の地階に掛けられた。館の記録によれば、本作は王室コレクションのエル・パルド宮や新王宮を経て、1827年にアカデミアの「秘密の部屋」から館に入った。

意義

館によれば、同時代の人々は本作を、《ダナエ》と違って性愛の場面を描いていないにもかかわらず、ポエジアのなかで最も官能的な作品とみなした。ドルチェは本作を見る体験を、クニドスのヴィーナス像を見ることにたとえ、ヴェネツィア駐在のスペイン大使は見事だが「みだらにすぎる」と評した。館は、ヴィーナスの後ろ姿に加えて、女性が動きを起こす唯一のポエジアであることも、その評判に寄与したとしている。ヴィーナスは恋人を必死に引き止めながら、誘うように抱きついている。館はまた、本作を後ろ姿の女神によって、絵画も彫刻のように多くの視点を示せることを示した作品と位置づけている。