《鎧を着たフェリペ2世の肖像》
暗い背景の前に、金の装飾を刻んだ鋼の甲冑をまとう若い王子が全身で立つ。左手は剣の柄にかけ、右手は赤いビロードをかけた机の上の兜に添え、白い長靴下の脚を伸ばしている。
概要
《鎧を着たフェリペ2世の肖像》は、ヴェネツィアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1551年に描いた油彩の肖像画で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の題は「フェリペ2世」。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦193センチ、横111センチ。所蔵番号はP000411で、館の027室に展示されている。描かれているのは、のちにスペイン王となる皇帝カール5世の息子フェリペで、館によれば、ティツィアーノにとって最も重要な注文主だった。
画面の読み解き
画面では、暗い背景の前に、若い王子が等身大の全身像で、わずかに斜めを向いて立つ。上半身から腿までを、帯状に金の装飾を刻んだ鋼の甲冑で包み、その下に白い膨らんだ半ズボンと白い長靴下をのぞかせる。左手は腰の剣の柄にかけ、右手は、金の縁取りのある赤いビロードをかけた机の上に置かれた、羽根飾りのついた兜に添える。兜の手前には籠手が置かれ、左奥の暗がりには柱の基部が見える。館によれば、本作は王子の内面を探るよりも、その威厳をたたえるための絵であり、ピエトロ・アレティーノが1549年の肖像について述べた「王者の威厳をそなえた美しい姿」が当てはまる。そのため、柱、赤いビロードをかけた机、アウクスブルクの甲冑師コルマン・ヘルムシュミットが作った甲冑といった、形式の要素が強調されている。
技法・様式
館の解説によれば、ティツィアーノはモデルを理想化し、実際には中背でずんぐりした体つきだったフェリペを、ほっそりと描いている。館によれば、ホープは仕上がりの美しさから、本作を1548〜49年のミラノでの最初の出会いの時期に置く。館はこれに対し、本作がきわめて見事で細部まで描きこまれていることは認めつつも、それは1551年の年代を否定する理由にはならないとしている。1548〜49年の最初の肖像は工房による模写で知られており、X線写真によれば、それは父カール5世の甲冑姿の肖像の上に描かれている。
来歴
館の解説によれば、二人はフェリペがまだ王子だった時代に、ミラノ(1548年12月〜1549年1月)とアウクスブルク(1550年11月〜1551年)で会い、ティツィアーノはそのどちらでも王子を描いた。1551年5月16日、フェリペは叔母のハンガリー王妃マリアに宛てて、送る肖像のなかに甲冑姿の自分の肖像があり、よく似てはいるが急いで描かれたので、時間があれば描き直させたいと書いた。館は、本作が知られるかぎり唯一の甲冑姿の肖像であることから、この手紙の作品にあたると考え、マリアに送られたのは失われた模写で、原作の本作はフェリペの手もとに残ったとみる。本作は王室コレクションにあり、1747年にはマドリードの新王宮の目録に、机から兜を取り上げる甲冑姿のフェリペを描いたティツィアーノの原作として記録されている。
意義
館によれば、本作は、同じ頃にアントニス・モルがハプスブルク家のために描いたフェリペの肖像とともに、1世紀以上にわたって宮廷肖像画の手本となった。館は本作を、ティツィアーノの作品のなかでも最も大きな影響を与えたものの一つとしている。館の記録には17件の展覧会への出品が載っている。