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エル・グレコの肖像

《老人の肖像》(1595〜1600年頃、メトロポリタン美術館)。画家の自画像とする説がある

Wikimedia Commons / メトロポリタン美術館 / Public domain
生没年
1541–1614年
国籍
ヴェネツィア共和国
様式
マニエリスム
本DB収録 5 点

エル・グレコ

El Greco

1541年にクレタ島で生まれ、1614年にスペインのトレドで没した画家。イコンの伝統とイタリアで学んだ色彩を結びつけ、細長く引き伸ばされた人体と揺らめく光で神秘的な宗教画を描いた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

本名はドメニコス・テオトコプーロス。1541年、ヴェネツィア共和国領のクレタ島に生まれ、イコンの画家として修業した。1567年頃にヴェネツィアへ渡ってティツィアーノの影響を受け、1570年からはローマでファルネーゼ枢機卿の館に身を寄せた。1577年、フェリペ2世の注文を求めてスペインに移るが、エスコリアル修道院のために描いた《聖マウリティウスの殉教》は王の意にかなわず、以後はトレドに定住する。「エル・グレコ(ギリシャ人)」と呼ばれ、1614年4月7日に同地で没した。

様式の変遷

イタリア時代には、ティツィアーノやティントレットの豊かな色彩と、マニエリスムの人体表現を学んだ。トレドでは《聖衣剥奪》(1577〜1579年、トレド大聖堂)で名を上げ、《オルガス伯の埋葬》で独自の様式を確立する。晩年ほど人体は細長く引き伸ばされ、形は炎のように揺らめき、冷たい青や緑、黄が画面を支配する。現実より幻視を描こうとする姿勢は、《トレド風景》や《黙示録第5の封印》(1608〜1614年)で頂点に達した。

代表作

《オルガス伯の埋葬》(1586〜1588年、サント・トメ教会)のほか、《トレド風景》(メトロポリタン美術館)、《ラオコーン》(1610〜1614年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)が知られる。日本では大原美術館に《受胎告知》がある。

影響

没後は奇矯な画家として忘れられたが、19世紀にゴーティエらが再評価し、1908年には美術史家マヌエル・B・コシーオが最初の本格的な作品目録を刊行した。細長い人体と表現的な色彩は20世紀の画家たちを引きつけ、ピカソは《アヴィニョンの娘たち》(1907年)の制作中に《黙示録第5の封印》を研究したとされる。ドイツ表現主義の画家たちも、マニエリスムのエル・グレコを新しい芸術の先駆者とみなした。

代表作MAJOR WORKS

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