《エウロペの略奪》
白い牡牛の背にあおむけに倒れた女が、片手で角にしがみつき、もう一方の手で赤い布を振って岸の仲間に助けを求める。空にはキューピッドたちが舞い、海ではもう一人がイルカに乗って追ってくる。
概要
《エウロペの略奪》(英: The Rape of Europa)は、ヴェネツィアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1559年から1562年にかけて描いた油彩画である。縦178センチ、横205センチのキャンバスで、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館が所蔵する。スペイン王フェリペ2世のために描いた神話画の連作ポエジアの一枚である。
画面の読み解き
ガードナー美術館の解説によれば、さらわれたエウロペは、牡牛に姿を変えた神ユピテルの角に片手でしがみつき、もう一方の手で赤い絹の布を必死に振って、岸にいる仲間たちに危険を知らせている。左下では、キューピッドがイルカに乗ってあとを追い、岸辺では女たちが手を振って騒ぐ。白い衣は乱れて脚があらわになり、上空には弓と矢を持った二人のキューピッドが舞う。牡牛の角には花輪が掛けられ、手前の波間には大きな魚の頭がのぞく。背後には、青くかすむ山並みと海が広がる。牡牛は波を蹴立てて画面の右へ進み、エウロペの体は大きく斜めに投げ出されている。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。館によれば、2020年、首席修復家ジャンフランコ・ポコベーネのもとで90年以上ぶりの大がかりな修復が行われ、暗く黄ばんだワニスの層が除かれた。調査では、ティツィアーノが描きながら構図を変えたこと、とくに牡牛の尾とキューピッドの翼の位置を改めたことが分かった。右上の空と雲には、色が失われて暗く変わりやすい青の顔料スマルトが使われていることも確かめられた。左下のキューピッドの足もとには「TITIANVS.P.」の署名がある。
来歴
館によれば、本作はフェリペ2世のために描かれ、歴代のスペイン王に受け継がれたのち、1704年にフランスの貴族に贈られた。1798年にロンドンの画商を通じて売られ、イギリスの収集家の手を経て、1896年6月、美術史家バーナード・ベレンソンの仲介により、コルナギ商会からイザベラ・スチュワート・ガードナーが購入した。本作は彼女の収集の「至宝」となり、アメリカに渡った最初のティツィアーノの真筆とされる。ガードナーは本作を、のちに「ティツィアーノの間」と名づける部屋に、織物などの品々とともに独自の取り合わせで飾った。所蔵番号はP26e1。
意義
館の展覧会のギャラリーガイドによれば、ティツィアーノは1551年から1562年にかけて、オウィディウスの『変身物語』に取材した6点の神話画をフェリペ2世のために描き、それらを「ポエジア(絵の詩)」と呼んだ。画家は物語を劇的な一瞬に凝縮し、暴力そのものよりもその結果に目を向けた。ユピテルにさらわれたエウロペはクレタ島で子をもうけ、その子らが彼女の名を冠した文明を築いたとされる。ガイドは、こうした主題に、王の注文主にふさわしい官能と権力の表現をみる。ガードナー美術館は、6点の連作を本作のもとに再び集める展覧会も開いた。