クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《玉座のナポレオン》

Napoléon Ier sur le trône impérial
《玉座のナポレオン》ドミニク・アングル
Wikimedia Commons / パリ軍事博物館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ドミニク・アングル
制作年
1806年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
259 × 162 cm
所蔵
パリ軍事博物館 (ルーヴル美術館の所蔵(INV 5420)。1832年からアンヴァリッドに寄託)
広告

高い背もたれの金の玉座に、月桂冠をいただいたナポレオンが正面を向いて座る。白貂の毛皮をまとい、赤紫の外套には金の刺繍と蜂の模様。右手に王笏、左手に正義の手を持ち、足は刺繍の入ったクッションに載る。

概要

《玉座のナポレオン》(仏: Napoléon Ier sur le trône impérial)は、フランスの画家ドミニク・アングルが1806年に描いた油彩画である。縦259センチ、横162センチのキャンバスで、ルーヴル美術館の所蔵品として、1832年からパリのアンヴァリッドに寄託され、パリ軍事博物館に展示されている。戴冠式の衣装をまとったナポレオン1世を描いた公式の肖像画である。

画面の読み解き

パリ軍事博物館によれば、ナポレオンは玉座に厳かに、真正面を向いて座り、高い背もたれが象牙のように白い無表情な顔を後光のように囲む。体は、皇帝の色である赤紫の外套のひだに隠れ、外套には金の刺繍と蜂の模様が散らされる。この蜂は、メロヴィング朝の王キルデリクの墓から見つかった金属の虫を蜂と解したもので、同朝の標章とされた。白貂の毛皮が外套を裏打ちして襟をつくり、その上にレジオン・ドヌール勲章の総長の首飾りが広がる。頭には古代ローマの勝利の将軍と皇帝のしるしである月桂冠をいただく。右手の王笏はシャルル5世のもので、先端には、この絵のナポレオンと同じ姿で玉座に座るシャルルマーニュの小像がのる。左手の「正義の手」は、本物が右手なのに左手の形で、革命で失われたのち、ナポレオンの命で新たに作られたものである。足もとのクッションにはユピテルの雷が刺繍され、肘掛けと床には古代ローマの軍団の象徴である鷲がある。床の絨毯の縁には黄道十二宮が並び、おとめ座は画家が敬愛したラファエロの《小椅子の聖母》に倣っている。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれる。パリ軍事博物館によれば、26歳のアングルは、皇帝の威儀の細部を一つ残らず描き出し、構図はビザンティンのイコンや中世の写本挿絵に想を得ている。正面を向いたこわばった姿は、画家が数年後に描く《ユピテルとテティス》(1811年)のユピテルに通じる。アングルは、イアサント・リゴーが原則を定めた公式肖像の型を破り、中身も形も帝国の宣伝にすっかり沿わせた。一つ一つの要素に象徴の意味を与えられたナポレオンは、生身の人間というより、皇帝権力そのものの寓意となっている。

来歴

同館によれば、皇帝の戴冠式の衣装での肖像は何人もの画家に注文された。注文主は分かっていないが、本作は1806年8月26日に立法院に買い上げられ、皇帝が年ごとの会期を開きに来るとき迎えられる議長の広間に掛けられることになった。ルーヴル美術館によれば、同年のサロンに出品された。帝政が倒れると王立美術館の収蔵庫にしまわれ、1832年にアンヴァリッドに移された。20世紀の初めから軍事博物館で展示されている。ルーヴル美術館での所蔵番号はINV 5420である。

意義

パリ軍事博物館によれば、宝器の選び方には、新しく得た正統性をヨーロッパの歴史に結びつけようとするナポレオンの意志が表れている。サロンの開幕を前に、美術学校の書記レオノール・メリメらは内務大臣に、シャルルマーニュの図像に倣って当時の画風までまねたこの絵を皇帝に見せる難しさを伝え、「ゴシック的で野蛮」と評されることを予想していた。実際に観客の受けは悪く、奇妙で挑発的とされ、蝋のような顔は現実感に欠けると非難された。この不評ののち、アングルは1806年の末にイタリアへ発ち、パリに戻ることを長くためらった。今日では歴史教科書で広く使われる図像となったが、公開されるまでに1世紀近くを待った作品である。