《ルイ=フランソワ・ベルタン氏の肖像》
白髪を乱した恰幅のよい老人が、黒い上着をまとって椅子に座り、太い指の両手を膝についてこちらをまっすぐ見すえる。背景は無地の壁で、白い襟と座面の赤いクッションだけが、暗い色調の中で目を引く。
概要
《ルイ=フランソワ・ベルタン氏の肖像》(仏: Louis-François Bertin)は、フランスの画家ドミニク・アングルが1832年に描いた油彩の肖像画である。縦116センチ、横95センチのキャンバスで、ルーヴル美術館が所蔵する。モデルは新聞『ジュルナル・デ・デバ』を率いたルイ=フランソワ・ベルタン(1766〜1841年)である。
画面の読み解き
所蔵館の目録によれば、灰色の髪に暗い上着と白いネクタイの男が、両手を膝に置いて座る。メトロポリタン美術館の1999年の展覧会図録によれば、ベルタンは光沢のある背の曲がったマホガニーの椅子に腰かけ、ほとんど何もない壁を背に大きな体を浮かび上がらせる。はち切れそうなチョッキとたっぷりした上着が体を包み、乱れた髪の一本一本から、椅子の肘掛けに映る小さな窓まで、細部はすべて描き込まれている(近年の研究は、こうした細部の一部を弟子の手とみる)。色はほぼ単色で、土色の暗い調子を破るのは、糊のきいた白い襟と袖口、脚のあいだにのぞく緋色の座布団だけである。左上には署名と年記「J. INGRES PINXIT. 1832.」、右上には「L.-F. BERTIN」の銘がある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。グラン・パレ国立美術館連合の歴史解説サイト『L'Histoire par l'image』によれば、座る人物は四分の三の向きで正方形に収まり、短縮と前へのせり出しによって、線的で平面的な構成とは違う量感と力強さを生む。素描は乾いて細やかで、色は冷たく鉛色を帯び、中間調と強い影で形をしっかり肉づけする。図録によれば、画家はポーズを決めかねて立ち姿の素描も重ねたが、最終の座る姿勢はメトロポリタン美術館にある力強い素描で定まり、手と脚は別の紙で練られた。
来歴
図録によれば、画家とベルタンの出会いや注文の事情はわかっていない。伝説では、ポーズが決まらず涙した画家が、屋外の昼食の席、あるいはベルタンの夜会で息子たちと政治を論じる姿を見て、「明日ポーズをしに来てください。肖像はできました」と告げたという。完成後すぐに画家のアトリエで公開され、1833年のサロンに出品された。ベルタンの死後は娘ルイーズ、その姪バプスト夫人、さらにその娘パティノ夫人へと受け継がれ、1897年に所蔵館が8万フランで購入した。所蔵番号はRF 1071。
意義
同図録は本作を画家の最も有名な肖像で、西洋美術の歴史でも最も名高い肖像の一つとする。同書によれば、1833年のサロンでは観衆がその容赦ない自然らしさに見入る一方、批評家は色彩を軽んじる画家の姿勢を責めた。正統王朝派の新聞は、この顔に苦い皮肉と懐疑、冷笑を読み取った。1846年の展示では勝利したブルジョワ階級の象徴とみなされ、1855年には過ぎ去った七月王政をしのぶ記念と受けとめられた。『L'Histoire par l'image』の解説も、ルイ=フィリップの時代のパリの大ブルジョワの典型を描いた、歴史的な肖像とする。