《リヴィエール嬢の肖像》
上辺が弧を描く画面に、白い帝政様式の衣を着た少女が、水辺の風景と青空を背に立つ。腕には白い毛皮を掛け、茶色の長い手袋をはめた手を重ねて、まっすぐこちらを見つめる。遠くには教会の尖塔がのぞく。
概要
《リヴィエール嬢の肖像》は、フランスの画家ドミニク・アングルが1805年に描いた油彩の肖像画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦1メートル、横70センチ(額を含めると縦1.22メートル、横91.7センチ)。所蔵番号はMI 1447で、ドノン翼の702室(ダリュの間)に展示されている。描かれたのは、フィリベール・リヴィエールの娘カロリーヌである。翌1806年のサロンに出品された。
画面の読み解き
館の記録によれば、画面はもともと上辺が弧を描く形で、少女は風景と空を背景に、半身を斜めに向け、顔は正面を向いている。少女は白い帝政様式の衣を着て、背中から両腕にかけて白い毛皮をまとい、茶色の長い手袋をはめている。背後には、木立に縁どられた川が静かに広がり、対岸には教会の尖塔が小さく見える。耳には赤い石の耳飾りが揺れ、黒髪はなめらかに分けられている。右下の草むらには「Ingres」の署名があるが、館の記録は後から加えられた可能性を記している。
技法・様式
ルーヴルが2006年に開いたアングル展の解説によれば、カロリーヌは風景を背景に描かれ、少女の花開く若さと顔立ちの繊細さが、画家のパレットの明るい色調によってひときわ引き立てられている。
来歴
同展の解説によれば、アングルは画家ジャック=ルイ・ダヴィッドの工房で学び、1801年にローマ賞を得たが、ローマへ発つ前の経済的な苦しさから肖像の注文を受けた。その最も重要な作が、正方形の画面の《リヴィエール氏の肖像》、楕円形の《リヴィエール夫人の肖像》、そして弧形の本作の三点である。館の記録によれば、本作は1870年、カロリーヌの弟ポールの妻、ソフィー・ロビヤールの遺贈によってルーヴル美術館に入った。1938年には、絵の層を新しい画布に移す処置が施されている。
意義
リヴィエール家の三点は、ローマ留学を前にした若いアングルの最初の重要な肖像画であり、両親の肖像と並べると、本作だけが人物を戸外の風景の前に置いている。カロリーヌは1793年の生まれで、肖像が描かれてまもない1807年に若くして亡くなったと伝えられる。同じ1806年のサロンには、アングルの《玉座のナポレオン》も出品された。