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《レオナルド・ダ・ヴィンチの死》

François Ier reçoit les derniers soupirs de Léonard de Vinci
《レオナルド・ダ・ヴィンチの死》ドミニク・アングル
Wikimedia Commons / パリ市立プティ・パレ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ドミニク・アングル
制作年
1818年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
40 × 50.5 cm
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赤い天蓋の寝台で、白いひげの老人が息を引き取ろうとしている。豪華な衣装の王が身を乗り出してその頭を抱き寄せ、修道士や枢機卿、少年たちが周りで見守る。

概要

《レオナルド・ダ・ヴィンチの死》は、フランスの画家ドミニク・アングルが1818年にローマで描いた油彩の歴史画で、パリ市立プティ・パレ美術館が所蔵する。館の題は《レオナルド・ダ・ヴィンチの最期の息を受けとるフランソワ1世》。パリ市立美術館群の収蔵品データベースでは、キャンバスに油彩で、縦40センチ、横50.5センチ(額込みで縦72センチ、横81.5センチ)。所蔵番号はPDUT1165で、館の1階29室に展示されている。左下に「Ingres Pint. 1818」の署名と年記がある。

画面の読み解き

館の解説によれば、フランソワ1世の招きでフランスに来たレオナルド・ダ・ヴィンチは、1519年にアンボワーズで亡くなった。王に看取られての死という、おそらく作り話の場面は、ジョルジョ・ヴァザーリが1550年に出した『芸術家列伝』から取られている。画面では、赤い天蓋の寝台に横たわる白いひげのレオナルドを、豪華な衣装の王が身を乗り出して抱き寄せる。左端では、書物と十字架を置いた小卓のそばに修道士が座る。右では、赤い衣の枢機卿や黄色い服の少年、黒い服で手を差し伸べる男たちが見守る。日本語版ウィキペディアによれば、寝台の右で取り乱す人物は、弟子のフランチェスコ・メルツィと考えられている。

技法・様式

館の解説によれば、アングルは文学の知識よりも目の記憶に頼り、ルーヴル美術館にある名高い絵を人物のお手本にした。フランソワ1世の顔は、ティツィアーノが描いた横顔の肖像から写されている。一方、首をのけぞらせた瀕死のレオナルドの姿と、その繊細な色づかいは、いかにもアングルらしい独自の創作だという。館は、本作がフランスの歴史を心温まる逸話として描く「トルバドゥール様式」の精神を帯びているとする。そして、ロマン主義の演劇と同じように、英雄の死という崇高な感情と、時代の雰囲気を伝える軽やかな逸話の人物とを混ぜ合わせていると述べる。

来歴

館によれば、アングルはローマのフランス・アカデミーでの給費留学生としての滞在を終えた後も、1824年までイタリアにとどまり、個人の顧客のための肖像画や小さな歴史画で生計を立てた。本作は、ルイ18世の駐ローマ大使ブラカス伯の注文で描かれた。収蔵品データベースは関連作品として、同じ館の《スペイン大使の謁見を受け、子どもたちと遊ぶアンリ4世》を挙げる。本作は1968年2月9日に、遺贈の運用益によってヴィリュー侯爵夫人フェリシーから購入された。日本語版ウィキペディアによれば、《アンリ4世》も同じブラカス伯のために描かれ、本作とともに購入された。また、ルーヴル美術館には本作のもとになった水彩画があり、スミス大学美術館には1851年頃の、左右を反転した小さな異作がある。

意義

日本語版ウィキペディアによれば、レオナルドが亡くなったとき、フランソワ1世は離れたサン=ジェルマン=アン=レーにいたとされ、この場面は史実ではないと考えられている。アングルはこの逸話を、輝かしい芸術の時代の終わりを象徴するものと捉えた。本作は今も各地の展覧会に出品されている。収蔵品データベースによれば、2006年のパリのアングル展とロンドン・ナショナル・ギャラリーの「反逆者と殉教者」展、2015〜2016年のプラド美術館のアングル展、2016年にパリのイタリア大使館で開かれた「フランスのレオナルド」展、2019年のミラノのアングル展などを経て、2026年3月から7月には館の「芸術家たちの顔」展に展示された。