- 時期
- 1905–1925年
表現主義
20世紀初めのドイツとオーストリアを中心に、見たままの世界ではなく、不安や苦悩、高揚といった内面の感情を、強い色と歪んだ形で表そうとした芸術の動き。絵画のほか、版画、文学、演劇、映画にも広がった。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
表現主義は、印象派が外から受け取る光の印象を描いたのに対し、内から外へ感情を押し出して描く態度を指す名として、1910年代初めに広まった。1905年6月7日、ドレスデンでエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、エーリヒ・ヘッケル、カール・シュミット=ロットルフらが芸術家集団「ブリュッケ(橋)」を結成し、1911年にはミュンヘンでワシリー・カンディンスキーとフランツ・マルクが「青騎士」を旗揚げした。ウィーンではエゴン・シーレとオスカー・ココシュカが、グスタフ・クリムトの装飾性を出発点に独自の表現へ進む。工業化した都市の不安や、第一次世界大戦へ向かう時代の緊張が、その背景にあった。
造形上の特徴
色は対象の固有の色から離れ、感情の強さに応じて原色に近い色が大胆に置かれる。形は引き伸ばされ、角張り、ときに大きく歪められる。太く荒い輪郭と、筆跡を残す厚い塗りが画面に緊張を与える。版画では木版が重んじられ、刃の跡を生かした白と黒の強い対比が好まれた。主題には都市の群衆、裸体、自画像、宗教、そして不安や死が繰り返し選ばれた。
代表画家と代表作
ブリュッケのキルヒナーはベルリンの街頭の人々を鋭い色と角張った形で描き、青騎士のカンディンスキーは色と形そのものの響きを追って抽象へ向かった。マルクは動物を純色の形に置き換えている。オーストリアではシーレが《ヴァリーの肖像》(1912年)のように、張りつめた線と固い色面で人物の内面を描き、ココシュカは揺れる筆触の肖像で知られる。先駆けとして、フィンセント・ファン・ゴッホ、ポール・ゴーギャン、エドヴァルド・ムンクの名が挙げられる。
前後の流派との関係
ポスト印象派の強い色と筆触、象徴主義の内面への関心を受け継ぎ、同じころのフランスのフォーヴィスムとも並行した。第一次世界大戦でマルクらが戦死すると運動は分かれ、1920年代には冷静な写実を掲げる新即物主義が現れる。1937年、ナチス政権はミュンヘンの「退廃芸術展」で表現主義の作品を見せしめにした。内面を重んじるその姿勢は、戦後アメリカの抽象表現主義にも受け継がれている。