
《自画像》1935年
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1888–1943年
- 国籍
- スウェーデン
- 様式
- 表現主義
ニルス・ダルデル
スウェーデンの画家。1910年からパリで活動し、マティスを手本とした鮮やかな色彩と、1917年の日本滞在で学んだ線で、夢と現実の入りまじる幻想的な絵を描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
スウェーデン国立美術館の記録によれば、1888年10月25日にスウェーデン中部のベットナに生まれ、1943年にニューヨークで没した。スウェーデン人名事典(SBL)によれば、1908年に王立美術大学に入り、1910年にパリへ渡った。1914年と1916年には北アフリカを旅し、1919年からはパリに住んだ。大阪大学の梅谷綾の論考によれば、1917年に美術収集家ロルフ・ドゥ・マレーとともに世界を巡り、約半年を日本で過ごした。1920年にドゥ・マレーがパリで創設したスウェーデン・バレエ団では、美術と衣装を担当した。1921年に作家トーラ・クリンコウストレームと結婚し、1934年に離婚。1939年からはニューヨークを拠点に中南米を旅して描き、同地で心臓発作のため54歳で没した。
様式の変遷
SBLは、1910年ごろに現れてスウェーデン絵画に表現主義という新しい突破口を開いた世代のうち、最も重要で独創的な画家の一人とし、その表現主義はきわめてフランス的で、アンリ・マティスを師とも手本ともしたと述べる。最初のパリ時代に、ばら色、エメラルド、紺碧の溶けあう色彩と、自然を軽やかにゆがめる構図による独自の様式を築いた。日本では古い木版画に触れ、線描の書のような確かさに打たれた。のちには上流社会の女性の肖像を多く手がけた。ストックホルム近代美術館は、その画風を素朴派と19世紀末の象徴主義の混じりあったものとし、真剣さと皮肉が共存する多義的な作品とみる。
代表作
《ダンディの死》(1918年、ストックホルム近代美術館)、《シベリア鉄道》(1918年)、《滝》《痴情沙汰》《風変わりな婦人を訪ねて》(いずれも1921年)、ストックホルム市立図書館の児童室の壁画《ヨーン・ブルンド》(1927年)が知られる。
影響
ストックホルム近代美術館は、ダルデルをスウェーデンで最も人気のある画家の一人とする。同館が2014年に開いた回顧展は、彼が上流社会のサロンの風変わりなダンディにとどまらず、パリの国際的な前衛に加わり、ジャズ・エイジと近代の人間関係のあり方を絵に表したことを強調した。