
1913年のフランツ・マルク
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1880–1916年
- 国籍
- ドイツ
- 様式
- 表現主義
フランツ・マルク
1880年にミュンヘンで生まれ、1916年にフランスのヴェルダン近くで戦死したドイツの画家。ワシリー・カンディンスキーとともに「青騎士」を結成し、青い馬などの動物を、純粋な色と角張った形で描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1880年2月8日、画家ヴィルヘルム・マルクの子としてミュンヘンに生まれた。レンバッハハウス美術館によれば、「青騎士」の仲間のうちただ一人のミュンヘン生まれである。1900年から1902年までミュンヘンの美術アカデミーで学び、その後は長くバイエルンのアルプス前山地、多くはコッヘル近くのシュタッフェルアルムにこもって制作した。1903年と1907年のパリ旅行で、フランスの新しい美術に触れる。1910年夏には伴侶マリア・フランクとシンデルスドルフへ移った。1911年初めにカンディンスキーと出会って最も近い仲間となり、年刊誌『青騎士』を共に編み、「青騎士」の創立に加わった。1913年には、アウグスト・マッケとともに、画廊主ヘルヴァルト・ヴァルデンが開いた「第1回ドイツ秋季サロン」の出品者選びと展示に助言した。1914年8月に第一次世界大戦が始まるとフランスの前線に召集され、1916年3月4日、ヴェルダン近くで偵察の騎行中に戦死した。
様式の変遷
早くから動物を主題に選び、1908年夏にはレングリースで、放牧地の馬の群れという主題を見いだした。1910年初めに知り合ったマッケから純粋な色の大切さを学び、カンディンスキーとの出会いを経て独自の様式に至る。レンバッハハウス美術館によれば、マルクは動物に、けがれのない純粋な性質を見いだし、芸術に内面性と精神の浄化を求める探求を重ねた。1912年にマッケとパリで訪ねたロベール・ドローネーの色彩豊かなキュビスムや、イタリア未来派の律動的な分割にも刺激され、1911年から1914年の短い間に重要な作品を生んだ。1914年には、生き物の世界に根ざしながら抽象に近づいた作品も描いている。戦地では翌年の春、36枚の素描からなる『戦地のスケッチブック』を残した。
代表作
《青い馬の塔》(1913年、1945年から行方不明)のほか、《青い馬Ⅰ》(1911年、レンバッハハウス美術館)、《動物たちの運命》(1913年、バーゼル市立美術館)などが知られる。
影響
カンディンスキーとともに「青騎士」の中心となり、ドイツの表現主義を代表する画家の一人となった。36歳で戦死したため、画業は短い。1937年、ナチス政権は作品を退廃芸術として各地の美術館から押収したが、ベルリン国立美術館によれば、《青い馬の塔》は、画家が戦死した将校だったことからドイツ将校同盟が抗議し、ミュンヘンの「退廃芸術展」から数日で外された。