
ブルターニュの上着を着たゴーギャン、1891年頃の写真、モーリス・ドニ美術館
Wikimedia Commons / モーリス・ドニ美術館 / Public domain- 生没年
- 1848–1903年
- 国籍
- フランス
- 様式
- ポン=タヴァン派 / ポスト印象派
ポール・ゴーギャン
1848年にパリで生まれ、1903年にマルキーズ諸島で没した画家。印象派から出発しながら、濃い輪郭線と平らな色面による様式をつくり、南太平洋に主題を求めた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1848年6月7日に生まれた。父の死で幼少期をペルーのリマで過ごし、帰国後は商船と海軍で数年を送る。1872年からパリの株式仲買店に勤め、翌年デンマーク人のメット=ソフィー・ガッドと結婚した。休日に絵を描き、印象派の作品を集めるうちに出品も始める。1882年の株式市場の暴落を機に画業へ移り、生活は困窮した。1886年からブルターニュのポン=タヴァンに滞在し、1887年にはパナマとマルティニークへ渡る。1888年10月からアルルでフィンセント・ファン・ゴッホと暮らしたが、2か月で破綻した。1891年にタヒチへ渡り、一度帰国して1895年に再び南太平洋へ移る。1901年にマルキーズ諸島のヒバオア島に移り、1903年5月8日に同地で没した。
様式の変遷
はじめはカミーユ・ピサロに学び、印象派の筆づかいで風景を描いた。1888年、ポン=タヴァンでエミール・ベルナールと交わるなかで、クロワゾニスムに到達する。見たままではなく、記憶と感情から画面を組み立てる総合主義を掲げ、陰影と遠近を切り詰めた。タヒチ以後は、褐色の肌と濃い緑や赤の色面、装飾的な構成が前面に出て、現地の神話と自身の思索を重ねた大画面へ向かう。木彫や陶器、木版画にも取り組んだ。
代表作
《説教のあとの幻影》(1888年、スコットランド国立美術館)、《黄色いキリスト》(1889年、バッファロー AKG 美術館)、《タヒチの女たち》(1891年、オルセー美術館)、《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》(1897〜1898年、ボストン美術館)が知られる。
影響
その画面は、ポール・セリュジエを通じてナビ派に受け継がれ、20世紀のフォーヴィスムや表現主義の出発点の一つとなった。西洋の外に主題と様式を求める姿勢は、20世紀初めの画家たちに広く影響したが、今日では植民地下のタヒチで少女たちと関係をもったことも含め、その振る舞いへの批判的な検討が進んでいる。没後の1906年にパリで開かれた回顧展は、若いピカソやマティスに強い印象を与えた。