《コンポジション VII》
横長の大画面いっぱいに、赤、青、黄、緑の色の斑点と面、黒い線が渦を巻くように重なり合う。中央の左寄りには濃い青の形と黒い線の楕円の渦があり、右下には橙の広い色面が広がる。
概要
《コンポジション VII》(露: Композиция VII)は、ロシア出身の画家ワシリー・カンディンスキーが1913年に描いた油彩画である。縦200センチ、横300センチのキャンバスで、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。所蔵館は、1910年代前半のカンディンスキーの中心的な作品の一つで、画家が創作の成熟に達したことを示す例とする。
画面の読み解き
横長の大画面いっぱいに、色の斑点と面、線が渦を巻くように重なり合い、形は特定の物を表していない。中央の左寄りには、濃い青の大きな形と、黒い線が絡み合う楕円の渦があり、画面全体の中心となる。上の方には赤と青の輪や、黄、紫、緑の尖った形が散らばり、右上から中央へは白く明るい斜めの帯が走る。右下には橙と茶の広い色面と、緑の波のような形が広がり、左下の隅には黒い線で組んだ格子のような形がある。所蔵館によれば、画面には、画家が以前に描いた黙示録を主題とする具象の作品群の名残がかすかに認められる。ラッパを吹く天使や騎手、預言者エリヤの火の戦車を思わせる形が、目の前で物質が変容していくような感覚を生むという。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、本作のために、鉛筆の小さな素描やペン画、水彩から1メートルを超える油彩画まで、30点を超える習作と下絵が描かれ、その多くは1913年の秋のものである。画家はそこで全体の構想と色、細部を練り上げたため、大きな画面そのものは、1913年11月25日から28日までのわずか数日で描き上げられた。館によれば、画家は形を考え出したり組み立てたりせず、想像の中に現れるものを導き、直しただけだった。カンディンスキー自身も、それまで用いた形はすべて「おのずから」やって来たと書いている。
来歴
ミュンヘンのレンバッハハウス美術館によれば、カンディンスキーは1908年からミュンヘンに腰を落ち着け、本作を描いた翌年の1914年末、第一次世界大戦のさなかにモスクワへ戻った。1921年にはバウハウスに招かれてドイツへ移っている。所蔵館によれば、本作は1929年に国立新西洋美術館からトレチャコフ美術館に移された。所蔵番号はИнв.13230である。
意義
所蔵館によれば、この時期の画家は、自然の模倣から離れ、最終的には具象を捨てて抽象絵画へ進まなければならないとはっきり自覚していた。抽象の形には、伝統的な方法では表せないものを表す力があると感じていたのである。作品の意味は、物の世界に縛られない線と色の斑点の表現へ移り、見る者には想像と直観を働かせることが求められた。画家にとって「コンポジション」という言葉は、芸術作品の最も高く、最も複雑な形式を意味した。館は、絵画を諸世界の「轟くような衝突」とし、作品の誕生を宇宙の創造になぞらえた画家の言葉を引いている。