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《ラオコーン》

Laocoön
《ラオコーン》エル・グレコ
Wikimedia Commons / ワシントン・ナショナル・ギャラリー / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エル・グレコ
制作年
1610–1614年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
137.5 × 172.5 cm

荒れた空の下、裸の男たちが大蛇と格闘している。中央で仰向けに倒れた老神官ラオコーンが蛇を押しとどめ、その向こうの丘には、物語の舞台トロイアに見立てたトレドの町が広がる。

概要

《ラオコーン》(英: Laocoön)は、エル・グレコが1610〜1614年頃に描いた油彩画である。縦137.5センチ、横172.5センチのキャンバスで、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。トロイアの神官ラオコーンと息子たちの死を描いた神話画で、所蔵館によれば、画家が描いたことが知られる唯一の古典古代の主題である。晩年の作で、細長く引き伸ばされた人体と、自然に反する肌の色と光に、マニエリスムの画家としての特色がよく表れている。

画面の読み解き

所蔵館によれば、主題は古代ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネーイス』に語られる。ラオコーンは、ギリシャ軍の残した木馬を策略と見抜き、城内に入れないよう人々に警告したため、女神ミネルウァの送った大蛇に二人の息子とともに殺された。画面の中央では、仰向けに倒れたラオコーンが、恐怖の表情で蛇を押しとどめようとしている。左では立った息子が頭上に輪を描く蛇と組み合い、画面でその右には、もう一人の息子がすでに息絶えて逆さに横たわる。所蔵館は遠景の町をトレドとしており、その門へ向かって馬が進んでいく。右端に立つ未完成の人物たちは、手出しをせずに惨劇を見守っており、所蔵館はギリシャの神々かもしれないとする。空には荒れた雲が渦巻き、左下の隅には、由来のわからない目録番号「104」が記されている。

技法・様式

所蔵館によれば、画家は身をよじるような線、どぎつい色、理屈に合わない空間によって、破滅と絶望の気分を伝えている。うねる輪郭と自然に反する肌の色が、人物を亡霊のように見せる。白く抜けた体の輪郭を暗い絵具でなぞり、強い光を当てることで、男たちの苦境をあらわにするとともに、自由な筆で塗られた肌に、ちらつくような妖しい質を与えている。右の人物たちがなぜ未完成のまま残されたのか、何者なのかは、いまも議論が続いている。

来歴

所蔵館の来歴によれば、画家が没した1614年の財産目録には「小さなラオコーン」2点と「大きなラオコーン」1点が記され、本作はおそらく小さな1点にあたる。1621年の息子ホルヘ・マヌエルの財産目録にある、幅2バラ、高さ1と3分の2バラの《ラオコーン》が、1バラ約84センチで換算すると本作の寸法によく合う。19世紀にはセビーリャのモンパンシエ公爵が持ち、息子のガリエラ公爵に受け継がれた。1910年にはパリの画商デュラン=リュエルの手にあり、同年ミュンヘンのアルテ・ピナコテークのエル・グレコ特別展に出品された。のちベルリンの画商パウル・カッシーラー、ピアニストのエトヴィン・フィッシャーらを経て、1934年までにユーゴスラビアのパヴレ王子夫妻が入手した。第二次世界大戦中は王子の手配で同館に預けられ、1946年にサミュエル・H・クレス財団が買い取って寄贈した。所蔵番号1946.18.1。

意義

所蔵館によれば、1506年にローマで古代の大理石彫刻《ラオコーン》が掘り出されると、この物語への関心が広がった。所蔵館は、画家がこの名高い彫刻に匹敵する腕前を示そうとした可能性を挙げる一方、絵の意味ははっきりしないとする。古典神話をキリスト教的に読み替え、反宗教改革の教えに背く当時の宗教的な裏切りに屈しないよう、トレドの人々に警告したのではないかという説もあるという。20世紀初めにミュンヘンとベルリンで展示されたのち、本作は2012年のデュッセルドルフの「エル・グレコとモダニズム」展、2014年のプラド美術館の「エル・グレコと近代絵画」展にも出品されている。