《聖衣剥奪》
赤い衣のキリストが天を仰ぎ、胸に手を当てて立つ。背後には群衆と槍がひしめき、左には黒い甲冑の男がこちらを見る。右下では男が十字架に穴をあけ、左下では3人のマリアがそれを見つめる。
概要
《聖衣剥奪》(西: El Expolio)は、エル・グレコが1577年から1579年にかけて描いた油彩画である。縦285センチ、横173センチ。スペインのトレド大聖堂の聖具室(サクリスティア)に祭壇画として掲げられている。十字架にかけられる前に、キリストが衣を剥ぎ取られる場面を描く。縮小版を所蔵するイギリスのナショナル・トラストによれば、1577年に大聖堂の首席司祭ディエゴ・デ・カスティーリャが注文し、1579年に完成した。カスティーリャ=ラ・マンチャ州の文化ポータルは、エル・グレコがスペインで得た最初の注文とする。マニエリスムの画家エル・グレコが、トレドで名を上げるきっかけとなった作品である。
画面の読み解き
画面の中央に、赤い衣のキリストが立つ。右手を胸に当て、目を天に向ける。その手首に結ばれた縄を、右の緑の衣の男が引き、背後では半裸のひげの男が衣の襟に手をかけて、もう一方の手で指さす。キリストの後ろには人々の顔がひしめき、その上に槍や鉾、兜や羽根飾りが林のように立ち並ぶ。左には、黒い甲冑に白い襞襟をつけた男が立ち、こちらに顔を向ける。右下では、黄と白の衣の男が身をかがめ、地面に横たえた十字架に、釘を打つための穴を錐であけている。左下では、ナショナル・トラストが聖母、マグダラのマリア、クロパのマリアとする3人の女性が、その様子を見つめる。キリストの素足のまわりには小石が散らばり、右下の隅には白い紙片が落ちている。
技法・様式
ミュンヘンのアルテ・ピナコテークによれば、キリストが磔刑の前に衣を剥がれたことは外典の「ニコデモ福音書」に記されており、エル・グレコが描いたのは珍しい主題だった。ナショナル・トラストは、兵士たちがキリストの衣を剥いで緋色の衣を着せたという「マタイによる福音書」の一節(27章27〜28節)を挙げている。カスティーリャ=ラ・マンチャ州の文化ポータルによれば、エル・グレコはここで、中心の人物のまわりに人々を密に詰めこむ独自の構図を初めて示した。画家はまた、マニエリスムの好みにならって同時代の衣服や被り物、甲冑、武器を描きこみ、それが注文主の不興を買ったという。2013年のプラド美術館の発表によれば、赤外線反射撮影とX線撮影では、画家が描く途中で大きな変更を加えていないことが確かめられている。
来歴
大聖堂の公式サイトによれば、本作は大聖堂参事会の注文により、この聖具室のために描かれた。いまは、画家自身が手がけた枠に代わって、1798年に作られた大理石とブロンズの祭壇の枠に収められている。プラド美術館の百科事典(フェルナンド・マリアス執筆)は、作品の鑑定額や注文主の苦情をめぐる、画家の生涯で9件記録された訴訟の一つとして本作を挙げる。2013年にはプラド美術館で修復され、下端の絵具の浮き上がりと小さな欠損の固定・補彩と、表面の洗浄が行われた。同年10月28日から同館で特別に展示され、2014年2月、画家の没後400年の行事に合わせて大聖堂に戻った。
意義
プラド美術館によれば、美術史家ハロルド・ウェジーは同じ主題の作品を15点数え、そのうち5点にエル・グレコ自身が関わったとした。アルテ・ピナコテークが所蔵する、工房の手も入った小型の再制作版は、1909年に館長フーゴ・フォン・チューディが購入したもので、館はこれをモダニズム初期のエル・グレコ熱の表れとしている。プラド美術館は、画家の息子ホルヘ・マヌエルの署名がある写しを所蔵し、そこには原作にない茨の冠がキリストの頭に加えられている。プラド美術館によれば、エル・グレコは1577年の半ばに、本作とサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院の3つの祭壇画という、それまでで最も重要な二つの注文を得た。トレドでの長い画業は、ここから始まった。