《黙示録第5の封印》
- 作者
- エル・グレコ
- 制作年
- 1608–1614年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 222.3 × 193 cm
- 所蔵
- メトロポリタン美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- マニエリスム
青い衣の聖ヨハネがひざまずき、両腕を天に突き上げる。その向こうでは、裸の男女が身をよじって腕を伸ばし、小さな天使たちが白い布を運んでくる。背後には黄と緑の布が垂れ、空には暗い雲が渦を巻く。
概要
《黙示録第5の封印》(英: The Vision of Saint John)は、エル・グレコが1608年から1614年頃に描いた油彩画である。縦222.3センチ、横193センチ。ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵し、館では《聖ヨハネの幻視》の題で呼ばれる。『ヨハネの黙示録』(6章9〜11節)で、小羊が第五の封印を開くと、神の言葉のために殺された人々の魂が祭壇の下で叫び、それぞれに白い衣が与えられる場面を描く。所蔵館によれば、トレドの洗礼者聖ヨハネ施療院(タベーラ施療院)の礼拝堂のための、さらに大きな祭壇画の断片である。マニエリスムの画家エル・グレコの、最晩年の作品である。
画面の読み解き
左手前では、淡い青の衣をまとった聖ヨハネがひざまずき、両腕を大きく天に突き上げて上を仰ぐ。足もとには赤い布が広がる。その向こうでは、裸の男女が身をよじらせている。中央の3人の女性は寄り添って立ち、右では、ひざまずいた男や、伸び上がって宙に浮かぶような男たちが、両腕を天へ差し伸べる。空では、小さな天使たちが白い布を抱えて舞い、人々の背後には黄と緑の大きな布が垂れ下がる。左の人物も黄色の布を頭上に掲げている。空は暗く、青や黄の光を帯びた雲が渦を巻く。所蔵館の記録によれば、画面の上の部分は切り詰められている。
技法・様式
所蔵館によれば、奥の裸の人物たちには古代の彫刻群《ラオコーン》の記憶がうかがえ、感情を強く伝える劇的なねじれには、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の壁画が源の一つとして挙げられている。所蔵館は、黙示録の主題が、幻視を描くエル・グレコの色づかいと、この世のものならぬ形によく合っていたと述べる。人体は細く長く引き伸ばされ、聖ヨハネの青い衣は光を受けて白く輝き、裸の人物の肌は青白い。影を落とす地面も奥行きもほとんどなく、画面全体が現実の空間から離れている。
来歴
メディナセリ公爵家財団によれば、1608年11月16日、施療院の管理者ペドロ・サラサール・デ・メンドーサが、礼拝堂の主祭壇と両脇の祭壇をエル・グレコに注文した。5年で仕上げる約束で、費用は7,000ドゥカードと見積もられた。本作は、主祭壇の《キリストの洗礼》(トレド、タベーラ施療院)などとともにこの注文に属するとみられている。1614年に画家が没したときの財産目録では、礼拝堂の絵はまだ描き始めた段階とされ、息子ホルヘ・マヌエルが仕事を引き継いだ。プラド美術館によれば、スペインの画家イグナシオ・スロアガが1905年に本作を手に入れた。1956年に所蔵館が購入した(ロジャーズ基金)。所蔵番号56.48。第619室に展示されている。
意義
所蔵館によれば、本作は20世紀初めのパリで前衛の画家たち、とりわけピカソに強い影響を与え、ピカソらはエル・グレコの評価をよみがえらせた。2014年にプラド美術館で開かれた展覧会「エル・グレコと近代絵画」は、本作をキュビスムの誕生に重要な意味をもった作品とし、スロアガが本作を手に入れた2年後の1907年に、ピカソが《アヴィニョンの娘たち》を描いたことを示した。スロアガ自身も、エル・グレコを称えたスペインの知識人たちを描いた《わが友人たち》(1920〜1932年)で、人物の背後に本作を描きこんでいる。