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《トレドの景観と地図》

Vista y plano de Toledo
《トレドの景観と地図》エル・グレコ
Wikimedia Commons / エル・グレコ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エル・グレコ
制作年
1610–1614年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
132 × 228 cm
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横長の画面の奥に、丘の上の町トレドが広がる。手前では緑の胴着の若者が大きな町の地図を広げ、左には金色の川の神が水を注ぐ。中央の雲には一つの建物が浮かび、空からは天使に囲まれた聖母が舞い降りる。

概要

《トレドの景観と地図》は、エル・グレコが1610年から1614年にかけて描いた油彩の風景画で、スペインのトレドにあるエル・グレコ美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦132センチ、横228センチ。所蔵番号はCE00014。館は本作を、最もこの館を象徴する作品の一つとし、帝国の都トレドの偉大さがエル・グレコの生み出した像によって永遠のものとなったと述べる。イベリア半島にはフランドルの伝統による版画を除けばこうした町の描写はなく、その点でもきわめて珍しい作品だという。

画面の読み解き

文化省の目録によれば、手前では緑の胴着の若者が、文字の凡例のついた町の詳しい平面図を広げて見せる。その左には、片手の水瓶から水を注ぎ、もう片手の豊穣の角から食べ物をあふれさせる裸の男の像があり、全体が金色に塗られている。これはタホ川を表す川の神で、町のローマ時代の栄光を示す。中ほどには雲の上に浮かぶ建物があり、その奥に城壁に囲まれ岩山の上に広がる町が見える。空には、小さな天使たちに囲まれて上祭服を携えた聖母が舞い降り、トレドの西ゴート時代の司教聖イルデフォンソに上祭服を授けたという奇跡を表している。

技法・様式

館によれば、エル・グレコは本作で、当時の新しい建物、すなわちアルカサル、ビサグラ門、そして何よりタベーラ施療院を描いて、町の新しい姿を広めた。一方で、大聖堂やサン・フアン・デ・ロス・レイエス修道院といった中世の名高い建物は隠されている。地図には画家自身の言葉が記されている。タベーラ施療院を模型のように置いたのは、そのままではビサグラ門を覆い、丸屋根が町より高くそびえてしまうからであり、聖母の物語の人物を大きく描いたのは、遠くの光が小さくても大きく見えるように、天の存在だからだという。目録によれば、研究者は、水彩のように透ける流れるような筆づかい、布目の見える薄い絵の具、輪郭のあいまいな細長い人物と非現実的な色の背景から、本作を画家の最晩年の作に位置づけている。

来歴

館によれば、雲の上のタベーラ施療院は、その管理者で画家の友人であったペドロ・サラサール・デ・メンドーサへの明らかな言及で、彼が注文主だった可能性が高い。文化省の目録によれば、本作は1614年のエル・グレコの財産目録と、1621年の息子ホルヘ・マヌエルの財産目録に初めて現れる。その後トレドのサンティアゴ施療院、サン・ペドロ・マルティル修道院、サン・フアン・デ・ロス・レイエス修道院を経て、1910年に使徒の連作とともにエル・グレコ美術館に入った。

意義

館によれば、本作は1614年に画家が没したときの財産目録に記された三つの「トレドの眺め」の一つにあたる。研究者は長く、エル・グレコの描くトレドがどこまで現実に忠実かを論じてきたが、画家が建物を創作し、位置を入れ替えていたという結論に至っている。同じ町を描いた作品には、メトロポリタン美術館の《トレド風景》がある。