《いつ結婚するの》
黄色い野と青い山並みを背に、二人のタヒチの女性が草の上に座る。手前の娘は耳に白い花を挿して身をよじり、後ろの女性は襟の高い桃色の服を着て、片手を上げてこちらを見つめる。
概要
《いつ結婚するの》(タヒチ語: Nafea faa ipoipo?)は、ポール・ゴーギャンが最初のタヒチ滞在中の1892年に描いた油彩画である。ワイルデンスタイン・プラットナー研究所のカタログ・レゾネ(W454)によれば、縦101.5センチ、横77.5センチのキャンバスで、左下に「P. Gauguin. 92」の署名と年記、右下に「NAFEA Faa.ipoipo」の題が書かれている。フランス語の題は《いつ結婚するの?》(Quand te maries-tu ?)。二人のタヒチの女性を南の島の風景を背に描いた作品で、スイスの収集家ルドルフ・シュテヘリンの一家が長く持ち続けたのち、2015年に売却され、現在は個人が所蔵する。
画面の読み解き
手前の草の上に、赤と黄の模様の腰布を巻き、白い布を肩にかけた娘がしゃがみ、体をひねって腕を膝の前に回す。左耳の後ろには白いティアレの花を挿している。そのすぐ後ろには、襟の高い桃色の洋服を着た女性が背筋を伸ばして座り、片手を胸の前に上げて、こちらをまっすぐ見つめる。背後には黄色い野が広がり、青い色面と緑の茂み、小さな人影が点々と見える。奥には青い山並みが連なり、右端には一本の木の幹が立つ。
技法・様式
前景と中景は、緑、黄、青の平らな色面で組み立てられ、見たままではなく記憶と構想から画面を作る総合主義の手法がよく表れている。シカゴ美術館は、手前の娘とほぼ同じ姿勢を描いたパステルと木炭の大きな素描《しゃがむタヒチの女》(1891〜1893年、縦55.5センチ、横48センチ)を所蔵しており、紙には拡大して写すための方眼が引かれている。美術史家リチャード・フィールドは、娘の耳の白い花を、夫を探していることのしるしとみた。後ろの女性の手の形について、フィールドは仏教美術に由来すると考え、ナオミ・E・モーラーは警告を表す印相と読んでいる。娘の姿勢の手本には、フィールドが日本の先例を、チャールズ・F・スタッキーがドラクロワの《アルジェの女たち》を挙げる。
来歴
カタログ・レゾネによれば、作品は1893年11月9日から25日まで、パリのデュラン=リュエル画廊で開かれたゴーギャンの近作展に「いつ結婚するの?」の題で出品された。買い手はつかず、1895年2月18日にパリの競売会場で開いた自作の売り立てでも、画家自身が買い戻している。その後、画商ガストン・レヴィとジョルジュ=アルフレッド・ショーデに預けられ、1905年までに収集家モーリス・ファーブル、次いでチューリヒの商人フリッツ・マイヤー=フィエルツの手に渡った。1917年6月27日、バーゼルのルドルフ・シュテヘリンがジュネーヴのモース画廊から購入し、1947年から2015年まで、一家の財団がバーゼル市立美術館に預けた。2015年2月から6月にかけてバイエラー財団のゴーギャン展に出品されたのち、美術商シモン・ド・ピュリの仲介で売却された。
意義
一家の財団からの売却額は、アメリカの美術誌ARTnewsによれば2億1000万ドルにのぼり、絵画の取引として知られる最高額の一つとなった。デュラン=リュエル画廊の展覧会で売れず、競売でも買い手のつかなかった作品は、20世紀に入ってスイスの個人収集に落ち着き、1949年のパリ・オランジュリーでの生誕100年展、1988年のワシントン・ナショナル・ギャラリーの大回顧展などに繰り返し出品された。手前の娘の伝統的な装いと、後ろの女性の西洋風の洋服との対比は、画家が思い描いた楽園とは違い、すでに西洋の影響を強く受けていた当時のタヒチの姿も伝えている。