- 生没年
- 1435–1488年
- 国籍
- フィレンツェ共和国
- 様式
- 初期ルネサンス
アンドレア・デル・ヴェロッキオ
1435年頃にフィレンツェに生まれ、1488年にヴェネツィアで没した彫刻家・画家。金細工から出発して大きな工房を率い、レオナルド・ダ・ヴィンチやペルジーノを育てた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1435年頃、フィレンツェで煉瓦焼きの職人ミケーレ・ディ・フランチェスコ・チオーニの子に生まれた。通称は、最初の師である金細工師ジュリアーノ・デル・ヴェロッキオの名に由来する。金細工の修業から出発して彫刻家・画家となり、15世紀後半のフィレンツェを代表する工房を率いた。メディチ家のために多くの仕事をし、1472年にはサン・ロレンツォ聖堂の旧聖具室に、ジョヴァンニとピエロ・デ・メディチの墓碑を手がけている。1481年、傭兵隊長バルトロメオ・コッレオーニの騎馬像のため、馬の原型をヴェネツィアへ運んだ。制作をほぼ仕上げたところで、1488年10月7日、ヴェネツィアで没した。騎馬像の最後の仕上げは、アレッサンドロ・レオパルディが引き継いだ。
様式
金細工、ブロンズと大理石の彫刻、絵画を一つの工房で手がけた。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、全員が彼の作と認める絵画は《キリストの洗礼》(1470〜1475年頃、ウフィツィ美術館)ただ1点である。当時の工房では、親方が構想を立て、脇の部分を弟子や協力者に任せるのが普通で、同作でも左の天使を若いレオナルドが描いたと、16世紀の伝記作者ヴァザーリが伝えている。
代表作
彫刻では、ブロンズの《ダヴィデ》(フィレンツェ、バルジェッロ国立博物館)、《イルカを抱くプットー》(ヴェッキオ宮殿)、オルサンミケーレ聖堂の壁龕のための群像《聖トマスの不信》(1463年に注文が決まり、1483年に完成)、ヴェネツィアのサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ広場に立つ《バルトロメオ・コッレオーニ騎馬像》がある。絵画では《キリストの洗礼》が知られる。
影響
工房からはレオナルド・ダ・ヴィンチ、ピエトロ・ペルジーノ、ロレンツォ・ディ・クレーディが出た。ナショナル・ギャラリーは、サンドロ・ボッティチェッリも1460年代末に一時この工房にいたと考えている。1488年、ヴェネツィアで遺言を残したヴェロッキオは、ロレンツォ・ディ・クレーディを仕事の後継に指名した。