《ブノアの聖母》
- 作者
- レオナルド・ダ・ヴィンチ
- 制作年
- 1478–1480年
- 素材
- 板からキャンバスへ移設 / 油絵具
- 寸法
- 49.5 × 33 cm
- 所蔵
- エルミタージュ美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 初期ルネサンス
薄暗い部屋で、少女のように若い聖母が膝の上の幼子に小さな花を差し出す。幼子は両手で母の手をつかんで花をじっと見つめ、聖母はそのしぐさにほほえみかける。奥の窓からは白い空がのぞく。
概要
《ブノアの聖母》(伊: Madonna Benois)は、レオナルド・ダ・ヴィンチが1478〜1480年頃に描いた油彩画である。上部が半円形の縦49.5センチ、横33センチの小さな画面で、もとは板に描かれた板絵だったが、19世紀にキャンバスへ移された。1914年からサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館が所蔵し、所蔵番号はГЭ-2773。呼び名は、最後の持ち主だった建築家レオン・ブノアの一家にちなむ。《花と聖母子》とも呼ばれる。フィレンツェのウフィツィ美術館にある素描には、レオナルドの手で、1478年のある月に「二つの聖母マリア」を描き始めたと記されており、本作はその一つと考えられている。
画面の読み解き
薄暗い部屋で、若い聖母が膝の上に幼子を抱き、小さな花を差し出している。花びらが十字に並ぶアブラナ科の草花で、幼子は両手で母の手をつかみ、真剣な顔つきで花を見つめる。聖母は首をかしげ、そのしぐさを見てほほえむ。聖母は青緑の衣に黄土色の袖をつけ、胸もとに丸いブローチを留め、膝は青灰色の布に覆われている。左下には黄色い布がたまる。右上の奥には、上部がアーチ形の二連の窓が開き、白い空が明るく見える。二人の頭のうしろには、細い金の線で光輪が描かれている。
技法・様式
大英博物館が所蔵するレオナルドの素描の裏面には、上部がアーチ形の枠の中に本作とほぼ同じ構図を描いたスケッチがあり、同館は1478〜1480年頃の作とする。同館によれば、幼子が猫を抱く聖母子を描いた一連の素描にも、本作と構図の共通点がはっきり見られる。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、聖母の衣には伝統的な赤と青ではない色が選ばれており、レオナルドの型にはまらない色使いが表れている。エルミタージュ美術館が2007年に刊行した解説書が引く1827年の目録によれば、画面は1824年に板からキャンバスへ移された。その作業の際、下絵にインクでなぞった輪郭が現れ、幼子には手が3本描かれていたという。
来歴
エルミタージュ美術館の解説書によれば、1591年にフィレンツェの名所を紹介したボッキの本に記された、レオナルドの手になる聖母の小さな板絵が本作だと考えられている。その後の行方ははっきりしないが、1974年にアストラハン州の国立文書館で見つかった1827年の目録から、ロシアの将軍で収集家のアレクセイ・コルサコフの旧蔵品が、アストラハンの商人アレクサンドル・サポジニコフの手に渡っていたことがわかった。作品はその孫娘で、建築家レオン・ブノアの妻となったマリヤに受け継がれた。1908年にサンクトペテルブルクの展覧会に出品され、1912年には鑑定のためにヨーロッパへ運ばれた。美術史家バーナード・ベレンソンは、厳しい印象を書き残しながらも、レオナルドの作と認めている。国内に残すべきだという声を受けて、マリヤは1914年、15万ルーブルで帝室エルミタージュに譲った。2019年6月には、イタリアのファブリアーノで開かれたユネスコ創造都市ネットワークの会議に合わせて、同地の市立絵画館で公開された。
意義
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、同館が所蔵するラファエロの《カーネーションの聖母》(1506〜1507年頃)は、本作の構図にきわめて近く、約30年前に描かれた本作をラファエロが直接見て学んだことをうかがわせる。同館は、冷たい色調、巧みな光、人物の生き生きとしたやりとり、衣のひだの配置のいずれにも、レオナルドの影響が表れているとする。エルミタージュ美術館は本作を、若い画家が独り立ちして描いた最初期の作品の一つとし、当時の服装と髪型の若い母が子と遊ぶ、暮らしの一場面として主題を描いた新しさを評価してきた。十字の形の花は磔刑を示す伝統的な象徴だが、ここでは幼子がぎこちなく手を伸ばす無邪気なおもちゃのように見え、聖母は、世界を知ろうとする子の最初の試みにほほえんでいる。