《カーネーションの聖母》
- 作者
- レオナルド・ダ・ヴィンチ
- 制作年
- 1475年
- 素材
- 板(ポプラ材) / 油絵具
- 寸法
- 62 × 48.5 cm
- 所蔵
- アルテ・ピナコテーク
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 初期ルネサンス
アーチ形の窓を背に、聖母がうつむいてカーネーションの花を差し出し、膝の上の幼子が両手を伸ばす。窓の向こうには青い岩山がそびえ、右には花を挿したガラスの花瓶が置かれている。
概要
《カーネーションの聖母》は、イタリアの画家レオナルド・ダ・ヴィンチが1475年頃に描いた油彩の板絵で、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークが所蔵する。館の記録では、ポプラ材の板に描かれ、縦62センチ、横48.5センチ。所蔵番号は7779で、館の上階の第4室に展示されている。制作地はおそらくフィレンツェとされる。館によれば、本作は、まだ師の工房で働いていた若き天才の、最も初期の板絵の一つである。
画面の読み解き
画面では、二つずつ並ぶアーチ形の窓を背に、髪を編んで宝石の留め金を胸につけた聖母が、うつむいて赤いカーネーションの花を手にする。左のクッションに座った裸の幼子は、その花へ両手を伸ばしている。窓の向こうには、青くかすむ岩山と谷が広がり、右手前の台にはガラスの花瓶に花が挿してある。バイエルン州の実科学校向けの美術教材は、幼子がつかもうとするカーネーションを、キリストの受難の死の象徴と説明する。カーネーションはドイツ語で「釘の花」とも解され、十字架の釘を思わせるからだという。
技法・様式
館によれば、窓の並ぶ室内に聖母を置く型によって、レオナルドはまだフィレンツェ絵画の伝統に強く結びついていた。しかし、一貫して自然の観察にもとづく造形は、のちの円熟した創作の大志を先取りしている。油彩で描かれた本作は、技法の面でも一つの実験であり、見事な腕前を示す作品でもあった。同じ教材は、レオナルドがこれを描いたのは20歳を少し過ぎたころで、師アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房にいたとし、光と影の一貫した扱いが人物に確かな量感と生気を与えていると述べる。
来歴
館によれば、本作はジュリオ・デ・メディチ、のちの教皇クレメンス7世の旧蔵品である。館の記録では、1889年にギュンツブルクのA. ハウク博士から館が取得した。
意義
館は本作を、レオナルドの最も初期の板絵の一つと位置づける。フィレンツェの伝統に沿った聖母子の型のなかに、自然の観察と油彩の技法の新しい試みが現れている点に、のちのレオナルドへの道筋がうかがえるという。