《キリストの洗礼》
川の浅瀬に立つキリストが胸の前で手を合わせ、洗礼者ヨハネが頭に水を注ぐ。左の岸には二人の天使がひざまずき、頭上には光を放つ聖霊の鳩が舞う。背後には川の流れる広い風景が霞む。
概要
《キリストの洗礼》(伊: Battesimo di Cristo)は、アンドレア・デル・ヴェロッキオと、その工房にいた若いレオナルド・ダ・ヴィンチが、1470〜1475年頃に描いた板絵である。所蔵館によれば、テンペラと油彩を併用している。縦177センチ、横151センチ。フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。ヨルダン川で洗礼者ヨハネがキリストに洗礼を授ける場面を描き、左の天使をレオナルドが描いたとヴァザーリが伝えることで知られる。初期ルネサンスのフィレンツェの工房制作を伝える作品である。
画面の読み解き
画面の中央で、腰布をつけたキリストが川の浅瀬に立ち、胸の前で手を合わせてうつむく。右の洗礼者ヨハネは、細い十字架の杖と、「見よ、神の小羊」(ECCE AGNUS DEI)と記された巻物を手にし、キリストの頭に器から水を注ぐ。左の岸には二人の天使がひざまずき、一人はキリストの衣を手にしている。頭上には、金の光を放つ聖霊の鳩と、それを送り出す神の両手が描かれる。左にはヤシの木が、右には岩山と木立がそびえ、奥には川の流れる広い風景が霞む。右上の空には黒い鳥が飛んでいる。
技法・様式
所蔵館によれば、15世紀の工房では親方が構想を立て、脇の部分を弟子や協力者に任せるのが普通だった。16世紀半ばにジョルジョ・ヴァザーリは、ヴェロッキオが若い弟子レオナルドの手を借り、そのレオナルドが左の天使をあまりに見事に描いたので、年長の師は心を乱されたと記している。現在の研究は、レオナルドの手をさらに広く、川辺の風景、金色の光、キリストの姿にも認める方向にある。一方、神の両手や聖霊の鳩のように仕上がりの劣る細部から、二人のほかに年長の画家がもう一人加わっていた可能性もあるという。レオナルドの天使は、肩と若い顔が振り返るように見える複雑な姿勢と、水色の衣の自然なひだで際立つ。
来歴
所蔵館によれば、板はフィレンツェのヴァッロンブローザ修道会のサン・サルヴィ修道院の聖堂にあった。1730年に同じ修道会のサンタ・ヴェルディアーナ修道院へ移され、1810年にフィレンツェの美術館の収集に入った。1919年からウフィツィ美術館にあり、現在はレオナルドの作品を集めた展示室に置かれている。所蔵番号は1890年目録の8358番。
意義
ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、全員がヴェロッキオの作と認める絵画は本作ただ1点だとしている。彫刻家として名高い親方の工房で、のちに《モナ・リザ》を描く弟子が腕を振るった本作は、師と弟子、そしておそらくもう一人の画家の手が一枚の板の上に並ぶ、ルネサンスの工房制作の姿を具体的に伝える。