
失われた自画像にもとづく模写(1650年代か、メトロポリタン美術館)
Wikimedia Commons / メトロポリタン美術館 / CC0- 生没年
- 1582–1666年
- 国籍
- ネーデルラント連邦共和国
- 様式
- オランダ黄金時代の絵画
フランス・ハルス
1582年か1583年にアントウェルペンに生まれ、1666年にハールレムで没した画家。素早く大胆な筆づかいの肖像画で知られ、笑う人々や市民隊の男たちを生き生きと描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
アントウェルペンに生まれ、アムステルダム国立美術館によれば、1585年のスペイン軍の侵攻を逃れた一家とともにハールレムへ移った。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、1601年から1603年にかけて画家で伝記作家のカーレル・ファン・マンデルに弟子入りし、1610年にハールレムの画家組合に加わった。メトロポリタン美術館によれば、1616年の聖ゲオルギウス市民隊の集団肖像画に始まり、公共の施設のために10点ほどの大きな集団肖像画を描いた。最後の集団肖像画は1664年頃、80歳を過ぎてからのものである。1666年、ハールレムで没した。
様式
ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、ハルスを、笑う人を描くことに成功した西洋絵画でもごく少数の画家の一人とする。その素早い筆づかいは、オランダのレンブラント、スペインのディエゴ・ベラスケスに並ぶ名手としての評価をもたらした。メトロポリタン美術館によれば、1620年代から1630年代には、日々の暮らしや人の性格を描く風俗画も多く手がけた。肖像画では、レンブラントを除けば同時代のほとんど誰よりも、モデルの個性を説得力をもって伝えたという。
代表作
《微笑む騎士》(1624年、ロンドン、ウォレス・コレクション)、《陽気な酒飲み》(1628〜1630年頃、アムステルダム国立美術館)、ハールレムの市民隊や養老院の理事たちを描いた集団肖像画が知られる。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、ハルスは18世紀から19世紀の多くの時期に忘れられかけたが、批評家テオフィル・トレ=ビュルガーと印象派の画家たちが再び光を当てた。メトロポリタン美術館も、マネやモネら19世紀のフランスとアメリカの画家による再発見が、その大きな名声を築いたとする。アムステルダム国立美術館は、自由な筆づかいから、ハルスを印象派の先駆けとみる評価を紹介している。