《痩せた中隊》
- 作者
- フランス・ハルス 、 ピーテル・コッデ
- 制作年
- 1637年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 209 × 429 cm
- 所蔵
- アムステルダム国立美術館 (アムステルダム市の所蔵品を1885年から長期貸出)
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
灰色の壁の前に、黒い服に白い襟と水色の帯を着けた市民隊員16人が横一列に並ぶ。左端では明るい服の旗手が黄色の旗を持って立ち、その隣に隊長と副隊長が座る。頭上には槍や矛が林立する。
概要
《痩せた中隊》は、オランダの画家フランス・ハルスが描き始め、ピーテル・コッデが仕上げた集団肖像画で、アムステルダム国立美術館に展示されている。館の題は《レイニエル・レアール隊長率いる第11区の市民隊》で、「痩せた中隊」の通称で知られる。館の記録では縦209センチ、横429センチのキャンバスで、中央右に「Aº 1637」の年記がある。所蔵番号はSK-C-374で、館は1885年からアムステルダム市の所蔵品として本作を借りている。
画面の読み解き
館の解説によれば、アムステルダムの第11区の市民隊員16人が描かれている。隊長レイニエル・レアール(1588〜1648年)は旗手の隣に座って指揮杖を持ち、副隊長コルネリス・ミヒールスゾーン・ブラウ(1591〜1638年)は横顔を見せて座り、矛を手にしている。ほかの隊員の名は分かっておらず、研究者が候補を挙げているものの、仮説にとどまる。
技法・様式
館によれば、ハルスは1633年にこの注文を受けたが、仕上げなかった。隊員たちは何度も催促し、1636年には仕上げのためにアムステルダムへ来るよう求めた。足を悪くして寝込んでいたハルスは、住まいのあるハールレムで仕上げると答え、絵をハールレムに運ぶので隊員たちに来てほしいと申し出た。隊員たちはこれを断り、コッデに後を任せた。ハルスの下描きから、構図は彼のものと分かる。ハルスは左から右へ描き進め、細部をあとに残していた。技術調査によれば、コッデは右側の7人を描き、ハルスの大きな筆づかいをまねた。中央の後ろ向きの人物にも手を加え、ハルスがほぼ描き終えていた何人かも仕上げている。
来歴
館によれば、本作は描かれた隊員たちが、石弓隊の本部(フットボーフドゥーレン)のために注文した。1653年の記録には、隊長レアールと副隊長ブラウの中隊の絵として、1637年にハルスが描き始め、コッデが仕上げたと記されている。1758年までに市庁舎の大軍議室に移され、1885年からアムステルダム市が館に貸し出している。
意義
館によれば、「痩せた中隊」の通称は、ヤン・ファン・ダイクが1758年に著したアムステルダム市庁舎の絵の目録に由来する。ファン・ダイクは、隊員たちがあまりに痩せて見えるので、この呼び名がふさわしいと書いた。同じ館には、同じく市民隊を描いたレンブラントの《夜警》も展示されている。