《ジプシー女》
- 作者
- フランス・ハルス
- 制作年
- 1626年
- 素材
- パネル / 油絵具
- 寸法
- 58 × 52 cm
- 所蔵
- ルーヴル美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
乱れた髪の若い女が、笑みを浮かべて目を横へ流している。大きく開いた白い肌着と赤い胴着は、太い筆を素早く走らせた跡のまま残され、一瞬の表情がそのまま画面にとどめられている。
概要
《ジプシー女》(仏: La Bohémienne)は、フランス・ハルスが1626年頃に描いた油彩画である。縦58センチ、横52センチの板絵で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。フランス語の題の「ボエミエンヌ」は、かつてロマの人々を指した呼び名である。胸元を大きく開けた若い女性を半身で描いた作品で、所蔵館は、注文を受けて特定の人物を描いた肖像ではなく、風俗画の性格をあわせ持つ「風俗的な肖像」とする。オランダ黄金時代の絵画を代表する肖像画家の、生き生きとした筆さばきがよく表れた一点として知られる。
画面の読み解き
若い女性が顔をほぼ正面に向けたまま、口を開いて笑い、目を画面の右へ流している。乱れた褐色の髪が肩にかかり、髪には赤いリボンがのぞく。白い肌着の襟は大きく開いて胸の谷間があらわになり、その上に赤い胴着を着ている。背景には雲の流れる空が広がり、右側はやや明るい。肌着の白いひだは、太い筆を素早く走らせた線の重なりで描かれている。顔も細部を描き込まず、口もとや目もとに浮かんだ一瞬の表情をとらえている。
技法・様式
所蔵館によれば、本作は、ハルスが明るい色調で描いた、ユトレヒトのカラヴァッジョ派風の短い時期の作である。ユトレヒトでは1620年前後から、ローマでカラヴァッジョの作風を学んだ画家たちが、楽士や酒場の男女を半身で大きく描いていた。所蔵館によれば、光を斜めから当てると、いまの絵具の層の下に、はじめはもっと控えめだった襟ぐりが見える。画家は最初、より慎みのある姿を考えていたことになり、このペンティメントは、ハルスにはまれなためらいを示すという。
来歴
所蔵館によれば、18世紀には、ポンパドゥール夫人の弟マリニー侯爵が持っていた。1781年の侯爵の没後の財産目録には「イタリアの衣装を着た女性の肖像」として記され、翌1782年3月18日のパリの売り立てには「肌着姿の女性の胸像」として出品されて、画商で鑑定人のレミの手に渡った。のちにパリの医師で収集家のルイ・ラ・カーズが入手し、1865年頃の手書きの所蔵目録に「すぐれた女性の肖像」と記した。1869年、ラ・カーズの遺贈でルーヴルに入り、「ボエミエンヌ」の題で目録に登録された。所蔵番号MI 926。現在はリシュリュー翼の第846室「フランス・ハルスとハールレムの絵画」に展示されている。
意義
所蔵館によれば、この題は作品がルーヴルに入ったときの目録で付けられ、いまでは作品の名声と切り離せない。ただし、描かれているのは、挑発的な身なりからみて娼婦とみてまちがいないという。このような主題はハルスの作品の中でもきわめて珍しく、唯一の例かもしれない。1781年の目録が衣装を「イタリアの」と呼んだのも、喜劇の登場人物か、異国の世界の人物のように、カラヴァッジョ派風の人物としてとらえていたためだと所蔵館は見る。本作は2012年にパリのグラン・パレの「ボヘミアン」展に、2023〜2024年にはロンドン・ナショナル・ギャラリー、アムステルダム国立美術館、ベルリンの絵画館を巡回したハルスの大回顧展に出品された。