《イサーク・マッサとベアトリクス・ファン・デル・ラーンの結婚肖像画》
- 作者
- フランス・ハルス
- 制作年
- 1622年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 140 × 166.5 cm
- 所蔵
- アムステルダム国立美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
庭の木の下で、黒い服の男性と白い帽子の女性が寄り添って座る。妻は夫の肩に右手を置き、二人はそろってこちらに笑いかける。右の奥には、噴水のある庭を散策する男女が小さく見える。
概要
《イサーク・マッサとベアトリクス・ファン・デル・ラーンの結婚肖像画》(蘭: Portret van een stel, waarschijnlijk Isaac Abrahamsz Massa en Beatrix van der Laen)は、オランダの画家フランス・ハルスが1622年頃に描いた油彩画である。縦140センチ、横166.5センチのキャンバスに、庭の木の下でくつろぐ夫婦を等身大の全身像で描いた肖像画で、アムステルダム国立美術館が所蔵する。
画面の読み解き
館によれば、夫婦を等身大で一つの画面にそろって描くことはまれで、これほど親密で喜びに満ちた姿となればなおさらだった。館の所蔵品目録(ヨナタン・ビッカー執筆、2007年)によれば、妻は右手を夫の肩にやさしく置き、二人は人を引き込むような笑みでこちらを見る。周りの植物は新婚の二人を暗示する。中心となるのは背後の木にからまるつるで、恋愛詩や寓意図像集では、死をも越える愛の不変をたとえた。つるが木に支えられるように、妻は夫にもたれている。妻の右の蔦も変わらぬ愛と貞節のしるしで、夫のそばのアザミは、とくに夫の貞節を表す。その文脈で、胸に当てた夫の手は誓いの意味を帯びる。右の中景の庭は「愛の園」と結びつけられてきた。噴水のまわりで色のある服を着た男たちはまだ求愛の途中で、黒い服の夫婦はその段階を後にしている。
技法・様式
目録によれば、ハルスは木々と風景から描き始め、人物、とくに手を塗り残して前景へ進んだ。ただし夫の左の袖口は妻の胴着の上に描かれ、肩に置いた妻の右手の位置も当初の構想から変わっている。暗い部分と肌の影を薄い下塗りで置いて乾かしてから層を重ね、筆跡が画面全体に見えるが、各層は前の層が乾いてから塗られている。構図は、ハルスが1616年にアントウェルペンを訪れた際に見た可能性のあるルーベンスの《ルーベンスとイザベラ・ブラント》に着想を得たのかもしれない。ただ、ハルスの唯一の夫婦の二重肖像である本作では、人物が中央ではなく左に寄せられている。
来歴
館によれば、記録に残る最初の所有者はアムステルダムの名士ヤン・シックスで、1702年4月6日の彼の遺品の競売に「男と女、等身大、フランス・ハルス作」として出され、32ギルダーで未亡人マルハレータ・テュルプが手に入れた。その後シックス家に伝わり、1851年11月25日の競売で、600ギルダーで館のために購入された。所蔵番号はSK-A-133。この競売では、モデルはハルス自身と2番目の妻とされていた。
意義
目録によれば、ハルスと妻とする説は1910年にホフステーデ・デ・フロートが退け、弟ディルク夫妻とする説も出た。マッサとファン・デル・ラーンとする説は館の1934年の目録で示され、1961年にデ・ヨングとフィンケンが詳しく論じた。マッサはハールレム生まれで、若くしてモスクワで8年を過ごしたロシア通の商人で、1622年4月25日に元ハールレム市長の娘ベアトリクスと結婚し、1623年にはハルスの娘の洗礼に立ち会っている。ハルス研究者のシーモア・スライヴらはこの同定に慎重だが、ビッカーは、シックス家がベアトリクスが生まれ多くの時を過ごしたリッセの近くに地所を持っていたことが、この同定を裏づけると論じる。