
ナダール撮影の肖像写真、1899年
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1840–1926年
- 国籍
- フランス
- 様式
- 印象派
クロード・モネ
1840年にパリで生まれ、1926年にジヴェルニーで没したフランスの画家。移ろう光と大気を明るい色の筆触でとらえ、印象派の名の由来となった《印象・日の出》を描いた、運動の中心人物である。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1840年11月14日にパリで生まれ、5歳のころ一家でノルマンディーの港町ル・アーヴルに移った。風景画家ウジェーヌ・ブーダンに屋外で描くことを教えられて画家を志す。パリではシャルル・グレールの画塾でルノワール、シスレー、バジールと出会い、1865年のサロンに海景画が入選した。1870年にカミーユ・ドンシューと結婚し、普仏戦争中はロンドンとオランダに逃れた。1871年からアルジャントゥイユに住み、1874年、仲間と開いたグループ展に出品した《印象・日の出》が「印象派」の名の由来となった。1879年にカミーユを亡くし、1883年からはジヴェルニーに住んで庭と池をつくった。晩年は白内障に悩みつつ制作を続け、1926年12月5日に同地で没した。
様式の変遷
初期は写実主義の影響のもと、人物や海景を落ち着いた色で描いた。1860年代後半から屋外の光に取り組み、1869年にはルノワールとラ・グルヌイエールで描き、水面のきらめきを短い筆触で表す方法をつかむ。1870年代には、明るい色を混ぜずに並べる印象派の技法を確立した。1890年代からは、積みわらやポプラ並木、ルーアン大聖堂など同じモチーフを、時刻や天候を変えて何枚も描く「連作」に取り組み、晩年はジヴェルニーの睡蓮の池を、輪郭の溶けた大画面で描いた。
代表作
《庭の女》(1867年、エルミタージュ美術館)、《庭の女たち》(1866年頃、オルセー美術館)、《印象・日の出》(1872年、マルモッタン・モネ美術館)、《日傘の女》(1875年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)、連作《積みわら》(1890〜1891年)と《ルーアン大聖堂》(1892〜1894年)、《睡蓮》の大装飾画がある。
影響
モネは印象派展の中心となり、光と色を追う方法を示した。その明るい色彩と筆触は、ポスト印象派の画家たちの出発点にもなった。第一次世界大戦の終結を記念して国に寄贈した《睡蓮》の大装飾画は、没後の1927年にオランジュリー美術館に設置され、1950年代には抽象表現主義の画家たちに再評価された。友人のマネは、アルジャントゥイユの舟の上で制作するモネを描いた。