《マッレ・バッベ》
- 作者
- フランス・ハルス
- 制作年
- 1640–1646年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 78.5 × 66.2 cm
- 所蔵
- ベルリン絵画館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
テーブルの角に腰かけた女が、大きなジョッキの取っ手をつかみ、顔だけをぐいと横へ向けて笑う。肩には一羽のフクロウ。歯を見せた笑いも、白い頭巾とひだ襟も、たたきつけるような素早い筆で一気に描かれている。
概要
《マッレ・バッベ》(蘭: Malle Babbe)は、フランス・ハルスが1640年から1646年頃に描いた油彩画である。縦78.5センチ、横66.2センチのキャンバスで、ベルリン絵画館が所蔵する。かつては《ヒッレ・ボッベ》《ハールレムの魔女》とも呼ばれた。所蔵館によれば、1869年に批評家トレ=ビュルガーが初めて紹介して以来、ずば抜けた表現の強さ、素描のような見事な肉づけ、即興性によって、大きな賞賛を集めてきた。
画面の読み解き
所蔵館によれば、等身大のマッレ・バッベがテーブルに座り、右手で蓋の開いた錫のジョッキの取っ手をつかむ。左肩にはフクロウがとまる。上半身は左奥へ向き、頭はいま笑いながら左へ振り向いたところに見える。こうした逆向きの動きが重なって、人物はスナップ写真のように一瞬をとらえられている。斜めの線が交差する構図の中で、テーブルに置かれたジョッキだけがただ一本の垂直線となり、画面を安定させる。フクロウは「フクロウのように酔っぱらう」という当時の言い回しにかけた、酒癖の象徴と読めるという。
技法・様式
所蔵館によれば、筆づかいは開かれていて、顔だけを密に描き込み、ほかの形は叩きつけるような筆で大づかみにとどめる。これも、偶然とらえた一瞬という印象を強めている。画面の中心は、描き方の上でも笑いにある。「笑いの名手」ハルスは、庶民の人物を歯を見せて笑う姿で描いた。カルヴァン派の色濃いオランダでは、作法のうえで肖像画には許されない描き方だった。本作は、写実的な肖像と、ある型の人物を描く風俗画とのあいだに位置するという。
来歴
所蔵館によれば、裏面にはおそらく17世紀の書き込み「Malle Babbe van Haerlem […] Frans Hals」があり、描かれた人物が後の世にもわかるよう、早くから配慮されていた。近年の文書調査で、この人物はハールレムの「頭のおかしな(マッレ)」女、バルバラ・クラース(1663年没)と判明した。1646年、ふしだらなふるまいを理由に、町はずれの「ウェルクハイス」に収容され、15年をそこで過ごしている。ハルスはこの町の名物の女を知っていたのだろうという。本作は1874年、アーヘンの銀行家バルトルト・ズエルモントのコレクションとともに購入された。所蔵番号801C。
意義
所蔵館によれば、酒に酔って崩れたマッレ・バッベの際限のない笑いは、当時の道徳にはっきり背くもので、社会の外にいる人物でなければ描けなかった。ハルスは荒々しい筆づかいによって見る者を一歩退かせ、社会から締め出された人物に、自らの自由と自立を与えている。同館が所蔵するヤン・ステーンの風俗画にも、喫煙という悪徳を擬人化した姿で、マッレ・バッベが描き込まれている。