《サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏》
- 作者
- クロード・モネ
- 制作年
- 1908年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 65.2 × 92.4 cm
- 所蔵
- カーディフ国立博物館
- 時代
- 世紀末〜ポスト印象
- 流派
- 印象派
橙と黄に燃える夕空の下、左手の島にサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂と高い鐘楼が暗い影となって立ち、その姿が水面に揺れて映る。右の遠くには、靄の中にサルーテ聖堂のドームがかすかに浮かんでいる。
概要
《サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏》(仏: Saint-Georges majeur au crépuscule)は、フランスの画家クロード・モネが1908年に描いた油彩画である。縦65.2センチ、横92.4センチ。ヴェネツィアの小島に建つサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂を、夕日に染まる空と水のなかに描く。生涯でただ一度のヴェネツィア滞在から生まれた連作の一点で、ウェールズのカーディフ国立博物館が所蔵する。
画面の読み解き
館の解説によれば、ヴェネツィアの南東の端から修道院の島サン・ジョルジョを望んだ眺めで、右手にはサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂のドームと大運河の入口がかすかに見える。左に聖堂と鐘楼が暗い影となって立ち、鐘楼の先は画面の上端近くまで届く。空は上の青から橙と黄へと移り、沈む日の光が細かな筆触となって水面に揺れる。英語版ウィキペディアによれば、建物は靄のなかから現れ、水に浮かんでいるようにみえる。右下に署名と「1908」の年記がある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。館の解説によれば、1908年11月の末、モネは妻アリスとともに毎夕ゴンドラに乗り、「世界にただ一つの、あの見事な夕日」を楽しんだ。ヴェネツィアは美しすぎて描けないとも語っている。英語版ウィキペディアによれば、夫妻は初めパラッツォ・バルバロに2週間ほど滞在し、12月までホテル・ブリタニアに移った。本作は、観光客を嫌って画家が避けていたスキアヴォーニ河岸から描いたとみられる。モネはすでに対象を前にした戸外制作だけに頼らなくなっており、多くの絵をジヴェルニーの家に持ち帰って仕上げた。1911年の妻の死も、完成を促したと考えられている。
来歴
英語版ウィキペディアによれば、1912年、パリのベルネーム=ジュヌ画廊がヴェネツィアの絵29点を集めた個展「クロード・モネ ヴェネツィア」を開いた。館の解説によれば、ウェールズの収集家グウェンドリン・デイヴィスがこの展覧会で画家から直接買い取った。1951年に没した彼女の遺贈により、1952年に館の所蔵となった。館によれば、デイヴィス姉妹は1908年ごろから絵を集め始め、1924年までに国内で最も重要なフランス印象派とポスト印象派のコレクションを築いた。本作は館の第12室に展示されている。所蔵番号はNMW A 2485。
意義
館の解説によれば、モネはこの眺めを連作として描いた。英語版ウィキペディアによれば、同じ構図のもう一つの作品は東京のアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)にある。本作は2017〜18年に日本の美術館を巡回した「英国 ウェールズ国立美術館所蔵 ターナーからモネへ」展でも紹介された。1999年の映画『トーマス・クラウン・アフェアー』に登場したことでも広く知られている。