《キャピュシーヌ大通り》
高い窓から見下ろした冬の大通り。左に建物が並び、並木の下に馬車が連なって、通りを黒い点のような人々が埋める。右下にはピンクの風船を持つ人の姿が見える。
概要
《キャピュシーヌ大通り》は、フランスの画家クロード・モネが1873年から1874年に描いた油彩画で、アメリカ、カンザスシティのネルソン・アトキンズ美術館が所蔵する。館の記録では、カンヴァスに油彩で描かれ、縦80.33センチ、横60.33センチの縦長の画面。所蔵番号はF72-35で、右下に「Claude Monet」の署名がある。館の127室に展示されている。館の所蔵品目録(2021年)の論考(エイミー・マルセロー・デガラン)によれば、モネは1873年の終わりか1874年の初めに、パリのキャピュシーヌ大通り35番地の建物の上の階のバルコニーから、この眺めを描いた。
画面の読み解き
館の作品記録によれば、画面はにぎやかな大通りを見下ろす眺めで、左に高い建物が並び、大通りの中央に間隔を詰めて並ぶ高い木々の下に、馬車が列をなす。通りは馬車と歩く人々で混み合い、右下にはピンクの風船を持つ人物、右の端の中ほどにはバルコニーから身を乗り出すシルクハットの人物がいる。奥の町はおぼろげに描かれている。目録の論考は、モネが冷え込んだ冬の日の大通りの喧騒をとらえているとする。日本語版ウィキペディアによれば、行き交う群衆は黒い単純な筆触で描かれ、モネが表そうとしたのは一人ひとりの人物ではなく、大通りの活気だった。
技法・様式
館の目録の論考は、高い視点、平らに押しつぶされた空間、斜めの線、断ち切られた人物が、空から写した写真や立体写真、とりわけナダールの写真に通じると論じ、気球に乗るナダールを描いたドーミエのカリカチュアにも触れている。同じ目録の技術調査(ダイアナ・M・ジャスキエルニー、2020年)によれば、本作は綾織りのはっきりした亜麻布とみられるカンヴァスに描かれ、通常の光では下描きは見られない。目録によれば、モネは同じ眺めをもう1点、横長の画面に描いており、それはいまモスクワのプーシキン美術館にある。論考は、二つの画面は本質的に「効果」の作で、異なる光のもと、おそらく一日の異なる時刻に描かれたとする。
来歴
館の記録によれば、本作は1875年にシャルル・ヴァイヤン・ド・メクスモロン・ド・ドンバールが画家から買い、1912年に没するまで所有した。その後、未亡人を経て、1919年にパリの画商ベルネーム=ジューヌが買い取り、グラスゴーの画商アレックス・リード、ロンドンのワークマン夫妻、ニューヨークのノードラー商会を経て、1925年にニューヨークのジェームズ・ホレス・ハーディングの手に渡った。1945年までにはマーシャル・フィールド3世の所有となり、その未亡人から1972年に館が購入した。日本では1994年に、ブリヂストン美術館、名古屋市美術館、ひろしま美術館を巡回した「モネ展」に出品されている。
意義
日本語版ウィキペディアによれば、1874年4月15日、モネらが設立した芸術家の共同出資会社が、同じキャピュシーヌ大通り35番地の写真家ナダールの旧アトリエで、のちに第1回印象派展と呼ばれる展覧会を開き、モネは《印象・日の出》などとともに《キャピュシーヌ大通り》を出品した。ただし、2点のどちらが展示されたかには論争があり、オスカー・ロイターズヴァルトとシャルル・ステルランはプーシキン美術館の作、ジョン・リウォルドは本作とする。館の目録の論考もこの論争を取り上げ、制作の時期を謝肉祭の祝いと結びつけて1874年初めとするジョエル・アイザックソンの説を紹介している。