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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの肖像

ヨハン・カール・ウルリヒ・ベーア《画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの肖像》1836年、ノイエ・マイスター絵画館

Wikimedia Commons / ノイエ・マイスター絵画館 / Public domain
生没年
1774–1840年
国籍
スウェーデン領ポンメルン(現ドイツ)
様式
ロマン主義
本DB収録 8 点

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

Caspar David Friedrich

1774年にバルト海に面したグライフスヴァルトで生まれ、1840年にドレスデンで没した画家。広大な自然の前に立つ小さな人影を描き、ドイツ・ロマン主義の風景画を代表する。

略歴BIOGRAPHY

生涯

1774年9月5日、バルト海の港町グライフスヴァルトに生まれた。石鹸とろうそく商の家の子で、13歳のとき氷上の事故で弟を失った。1794年からコペンハーゲンの美術アカデミーで学び、1798年にドレスデンへ移って生涯の拠点とした。はじめはセピアの素描で知られ、1807年頃から油彩を始める。1810年、プロイセン王家が《海辺の修道士》と《樫の森の修道院》を買い上げ、ベルリンの美術アカデミー会員となった。1818年にカロリーネ・ボマーと結婚した。晩年は人気が衰え、1835年の発作後は大作を描けず、1840年5月7日にドレスデンで没した。

様式の変遷

初期はバルト海沿岸やリューゲン島の風景を素描し、画室で組み直して絵にした。1808年の《山上の十字架》では、祭壇画の形式に風景を収めて論争を呼ぶ。1810年前後には、《海辺の修道士》のように水平線だけの画面に人を極小に置き、空間の広さを主題とした。1810年代以降は、背を向けて景色を眺める人物(リュッケンフィグーア)を前景に置き、見る者を画中の視点に立たせる構図を繰り返した。

代表作

《虹のある山の風景》(1809〜1810年、フォルクヴァンク美術館)、《海辺の修道士》(1808〜1810年、ベルリン旧国立美術館)、《氷の海》(1823〜1824年、ハンブルク美術館)、《雲海の上の旅人》(1817年頃、同)、《リューゲン島の白亜岩》(1818年、オスカー・ラインハルト美術館)、《人生の諸段階》(1834〜1835年頃、ライプツィヒ造形美術館)が知られる。

影響

生前はドレスデンで評価を得たが没後は長く忘れられ、1906年のベルリンの「ドイツ美術100年展」で再発見された。20世紀には象徴主義やシュルレアリスム、ロスコらの抽象表現主義にも引かれた。ナチス期に国家主義的に持ち上げられた経緯もあり、戦後の受容にはその反省も伴った。

代表作MAJOR WORKS

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