《樫の森の修道院》
- 作者
- カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ
- 制作年
- 1809–1810年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 110.4 × 171 cm
- 所蔵
- ベルリン旧国立美術館
- 時代
- 新古典・ロマン
- 流派
- ロマン主義
冬の夕暮れ、雪の残る墓地に内陣の壁だけを残したゴシックの廃墟が立つ。枯れた樫の老木に囲まれ、棺をかついだ修道士の列が門口へ向かう。フリードリヒの名を世に知らせた一作である。
概要
《樫の森の修道院》(独: Abtei im Eichwald)は、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒが1809年から1810年にかけて描いた油彩画である。縦110.4センチ、横171センチ。ベルリンの旧国立美術館が所蔵する。冬の墓地に立つ聖堂の廃墟と葬列を主題とし、ロマン主義の風景画がもっとも重く沈んだ形をとった例とされる。
画面の読み解き
残っているのは高い窓をもつ内陣の壁だけで、細い石組みが空を透かしている。まわりには葉を落とした樫の老木が並び、傾いた墓標と十字架が雪の下からのぞく。画面中央の下、掘られたばかりの墓穴の先を、棺をかついだ修道士たちが門口へ進む。空には細い三日月がかかり、地表は霧の帯に沈む。葉のない樹、傾いた墓標、開いた墓穴はメメント・モリの図像を受け継ぐものだが、ここでは人の尺度を超えたものを前にした感情、すなわち崇高が、荒天や高山ではなく静まりかえった冬景色から引き出されている。
技法・様式
画面はほぼ左右対称で、廃墟の窓を軸に樫が扇のように開く。地平線は低く霧に隠され、上三分の二を占める空が、暗い上辺から地平近くの淡い黄へと途切れなく移る。人の姿は豆粒ほどに小さく、建物と樹木の垂直線だけが立ち上がる。廃墟の造形は故郷グライフスヴァルト近郊に残るエルデナ修道院跡にもとづくが、写生ではない。窓の下部をふさぐ石積みを取り払い、実在しない門を加えて、垂直に抜ける形につくり直している。各地の素描を画室で組み替えて架空の風景をつくる方法は、画家が生涯用いたものである。
来歴
1810年のベルリン美術アカデミー展に、同じころ仕上げた《海辺の修道士》と並べて出品された。水平線だけの開いた空間を見せる《海辺の修道士》に対し、本作は左右対称の閉じた空間を受け持ち、二点で一組をなす。15歳の皇太子フリードリヒ・ヴィルヘルム(のちの4世)の希望により、父の国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世が2点とも買い上げた。以後プロイセン王家の所蔵としてシャルロッテンブルク宮殿などに置かれ、のちに旧国立美術館に入って《海辺の修道士》とともに展示されている。
意義
この買い上げを機にフリードリヒはベルリンの美術アカデミー会員に選ばれ、地方の画家から国の画家へと位置を変えた。2013年から2015年にかけて大がかりな修復が行われ、黄ばんだニスの下に沈んでいた空の階調と廃墟の色が戻っている。赤外線調査では、門の奥にろうそくを立てた祭壇が描き込まれていることも確かめられた。