《カラスのいる木》
夕焼けとも朝焼けともつかない桃色や橙の空の下、苔むした老木が大きく傾いて枝を広げ、カラスの群れが舞う。足もとには折れた枝や切り株が散らばり、奥の小山の向こうには海と白い崖がかすむ。
概要
《カラスのいる木》は、ドイツの画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒが1822年頃に描いた油彩の風景画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。縦59センチ、横73センチのキャンバスで、館の題は《カラスのいる木(L'arbre aux corbeaux)》、別題は《リューゲン島の海岸の葉のない木》。リシュリュー翼の863室に展示されている。
画面の読み解き
所蔵館の記述によれば、手前には、節くれだち、風を受けて大きく傾いた苔むした老木(オークか)が立つ。周りの草地には折れた枝や根こそぎの幹、枯れた切り株が散らばり、左の切り株からは葉のない若い枝が伸びる。老木の枝は画面の大半に広がって、左と上で画面の外にはみ出す。枝はほとんど裸で、先にわずかに付く橙色の小さな葉は、枯れた葉とも芽吹きともつかない。十数羽のカラスが幹と枯れ枝のまわりを舞い、別の一群が右上の空を飛ぶ。
技法・様式
同じ記述によれば、中景では地面が盛り上がって砂の小山をなし、その左右に海と細長い陸地がのぞく。左の陸地には白亜の崖がある。画面の上半分を占める空は、桃色・橙・黄・藤色の暖かな色に染まり、日の出か日の入りの時刻を示す。この強い色の光は海と水平線の崖を照らすが、老木と手前には届かず、そこは薄暗がりに沈んでいる。
来歴
所蔵館によれば、1925年にミュンヘンの画廊にあり、1931年までにはエッセンの銀行家ゲオルク・ジーモン・ヒルシュラントとその妻の収集に入った。夫妻はナチスの反ユダヤ法のために亡命し、1939年、収集の絵画とともに本作を強いられてエッセンのフォルクヴァンク美術館に売った。1946年に一家に返還され、のちに息子ヘンリー・ヒルシュラントが、ドイツに戻さないことを条件にチューリヒの画廊に売り、1975年10月にルーヴル美術館が購入した。
意義
館は、左の白亜の崖がバルト海のリューゲン島の海岸を思わせると述べる。中央の小山は、旧い額の裏の書き込みから古代の「巨人の墓」とも解されてきたが、館は、巨石は描かれておらず、画家がこの風景を何と呼んだかも知られていないとして、その解釈に慎重である。同じ画家の作品には、リューゲン島の白亜の崖を描いた《リューゲン島の白亜岩》がある。